和やかに笑っていた新開と貴島は急に立ち上がったキョーコに驚いて見上げた。その視線に気づく事なくキョーコは蓮の傍まで行って床に膝をついて蓮を見上げる。
「つる…が、さん?」とキョーコが呼びかけても蓮は反応を返さない。その様子に隣のテーブルにいたマネージャーズも気付いてキョーコ達を見る。
蓮の真っ白な顔、開かれてはいるが何も写してはいない瞳。固まって動かない蓮。こんな蓮に社は見覚えがあった。そして社の顔から血の気が退いていく。社は今すぐにでも二人の傍に駆け寄りたいがどうも体が言う事をきいてくれない。仕方なく事の成り行きを見守るしか出来ない。新開、貴島、セバスチャン、貴島のマネージャーはこの状況が理解出来ずにただキョーコと蓮を交互に見ていた。

「つる…が、さ…ん?」もう一度キョーコが呼びかけるが蓮は答えない。そんな蓮の姿にキョーコは恐怖を覚えた。「敦賀さん、聞こえますか?」「敦賀さん、敦賀さん!」キョーコは蓮の膝の上に置いた手で蓮の体をゆする。それでも蓮は反応しない。キョーコはますます怖くなり、知らず知らずにその頬を涙が伝う。その涙を見て貴島が弾かれたように席を立ち、取り乱すキョーコの肩に手を置こうとした時、いつの間にか傍に来ていた社が貴島の手を阻んだ。驚いて貴島は社をみる。社はゆっくり横に頭をふって小さくため息を吐く。貴島は社の行動の意味が解らずに苛立ちを表情に乗せて社を睨む。「貴島くん、ごめんね。多分今の二人の間には俺達は入れない。」「えっ、なんなんだい、それ?」貴島は困惑しながら社を見る。「俺にもよく解らないけど、今の蓮を連れ戻せるのはキョーコちゃんだけなんだ…。」貴島は困った顔で新開を見る。その視線に新開は『お手上げだ』というゼスチャーをして首をゆっくり横にふった。
その間もキョーコは蓮に呼びかけ続ける。
「敦賀さん、返事して下さい。」「敦賀さん、聞こえますか?」「敦賀さん、私が解りますか?」「敦賀さん…」
必死に呼び掛けるが反応を示さない蓮の姿にキョーコはどんどん追い詰められていく。
「敦賀さん、お願いです、返事して下さい。」「敦賀さん、行かないでっ!戻ってきてっ!」テーブルに置かれたままの蓮の指先が微かに動いたのを社は見逃さなかった。キョーコはまだ蓮の僅かな動きに気付かずに必死に呼び掛ける。その涙混じりの声が痛々しい。「敦賀さんっ!置いて行かないでっ!私を一人にしないでっ!」