運ばれて来た食事を食べながらの他愛のない会話。
「京子ちゃんにオレンジジュースってよく似合うよね?」と貴島に言われキョーコは「そうですか?」と返す。「うん、なんだか可愛いし健康的だよ。」という貴島に少し顔を赤らめるキョーコ。すると「子供っぽいって感じもしなくはないよね?」と意外にも蓮の発言。「…えぇ、どうせまだお子様ですから。」とむくれるキョーコ。蓮はクスッと笑って「そういう所がまだまだ子供なんだよね?」と追い討ちをかける。「敦賀さんって凄く意地悪ですね。貴島さん、助けて下さいよ。」と哀願するような表情でキョーコは貴島を見上げる。貴島は図らずもその顔を直視してしまい、あまりの可愛さに頬が赤くなるのを自覚した。そして「大丈夫、いじめっ子からは俺が護ってあげるから頼っておくれよ。」とキョーコの頭をポンポンと撫でる。「はい、ありがとうございます!」と今度は満面のキューティーハニースマイル。貴島はその笑顔に射抜かれて固まってしまう。新開はその様子を面白そうに眺めていたが「朝からお熱い事だな。」と左手を団扇代わりに自分の顔を仰ぐ。「そ、そんなつもりじゃ…」とキョーコは真っ赤になって俯いてしまった。新開はクスクス笑っている。貴島は頭を掻きながら苦笑い。キョーコは「もぉ、新開監督まで私をからかってらっしゃるんですね!」と怒り顔。面白くないのは蓮。キョーコの哀願する顔もキューティーハニースマイルも、真っ赤になって俯く仕草も怒り顔も今まで全部自分が独占してきたキョーコだ。なのに今、キョーコは蓮以外の男性に惜しげもなくコロコロと変わる表情を晒している。しかもその会話の中には自分が入る余地がない。
目の前の光景が少し遠くに感じる。(ここにも俺の居場所はないのか…。)とそんな考えが顔を出す。そして(またか、仕方がないな)とアッサリそれを受け入れる自分。そう、この感覚には覚えがある。どんな状況だったかははっきり思い出せないが、蓮は昔こんな感覚に身を投じて心を閉ざした事を思い出した。一度頭の中に蘇った負の感情を止める術を今の蓮は知らない。『敦賀蓮』を演じる事も忘れてその場にただ座っているだけの蓮がいた。
貴島と新開は一頻りキョーコをからかって、笑いも収まりかけていた。キョーコもからかわれている事を嫌がっている訳ではなく、クスクスと笑っていた。そこでキョーコは初めて蓮の変化に気付いた。その瞬間心臓が凍るのではないかと思う程の恐怖を感じた。