サイド蓮

「えっ!」
俺は思わず声をあげてしまった。

二人が通り過ぎて、俺は運転席側のミラーに視線を移して二人を眺めていた。キョーコちゃんが貴島くんに振り返って何か言おうとしている…
「キャッ!」と小さな悲鳴を上げてよろめくキョーコちゃん。それをとっさに支える貴島くん。俺は思わず後ろを振り返り、後部座席から直視出来る二人の姿を見てしまった。(俺が貰った台本にこのアクションはなかった…、ハプニングか?)
キョーコちゃんを支えて、そのまま動かない貴島くん。これはNGなのでは?カットの声はかからないので俺はまだみのるとして振る舞わなければならない。いや、既に俺はみのるを保ててはいない。俺自身がNGなのでは?
少ししてキョーコちゃんが貴島くんの背中を軽く叩いて貴島くんはキョーコちゃんを離し、またさっきまでと同じ距離を保って歩き始める。そして道なりに緩やかなカーブを曲がって俺の視界から消えた。俺はほっとして大きなため息と共にハンドルに顔を埋める。無意識にハンドルを握り込んでいた両手には嫌な汗をかいていた。今度はシートにどっしりともたれてまたため息。(俺はいったい何を焦ってるんだ?)座席に埋もれていた体を起こして座席を調節し、俺は車のエンジンをかける。気合いを入れる為に両手で自分の頬を挟むように勢いよく叩く。パーンと乾いた音が車内に響く。「よしっ」と気合いを入れて車を走らせる。道なりに緩やかなカーブを辿るとすぐに二人の姿が視界に入った。軽くクラクションを鳴らして二人に近付く。すぐに気付いて振り返えり、キョーコちゃんが満面の笑みをくれる。隣を貴島くんは少し複雑な表情を浮かべている。俺は二人を追い越して停めやすい位置に車を停めてハザードを炊いた。みのるとして運転席から降りて、みのるとして二人を見ながら話しかける。「やぁ、珍しい組み合わせだね?」そこでカットの声がかかり、一瞬で緊張の糸は解ける。監督曰く、一発OKとの事だが、さっきのキョーコちゃんの転倒シーンが気になって監督をみた。すると監督は心得たもので「蓮には言わなかったが台本通りだ。お陰でいい表情が撮れた。お前達、さすがだな!」とにんまり笑って言い放たれてしまった。
『この策士めっ!』と心の中で叫んだ事は誰にも言えない俺だけの秘密になった。