午前中の撮影を終え、一行は横浜へ向かう。貴島は最後までキョーコをロケバスに乗せようとしていたが、セバスチャンの謝罪に諦めてロケバスに乗り込んだ。セバスチャンが運転するセダン車は静かに滑り出す。助手席には社、運転席の後ろに蓮、助手席の後ろにキョーコの席順だ。蓮はやっと貴島のちょっかいから解放されてほっとしていた。万が一キョーコをロケバスに奪われてしまったら自分もそっちに行くという気満々で、でもそうはならないで欲しいと思いつつ、キョーコと貴島のやり取りを静観していたのでちょっと疲れてしまった。隣にキョーコが居る事をもう一度確認して蓮は小さく安堵のため息を吐く。キョーコはぼんやりと車窓を眺めている。
「撮影疲れた?」と蓮は出来るだけ優しく声をかけた。キョーコは視線を車窓から蓮にうつし、「いえ、大丈夫ですよ。」と可愛い笑顔を浮かべる。「ただ…」
言葉を切ったキョーコに蓮は聞く「ただ、どうしたの?」
「私は、事故の後初めて東京を出ます。」「うん、俺もだ。」「そして、事故にあった場所を通るんですよね?」「うん。通り道になるらしいからね。」「…それがちょっと気になって…。」「怖い?」「はい、ちょっと…」
蓮はキョーコの膝の上にあったキョーコの右手に自分の左手を重ねた。キョーコは驚いて重ねられた手を見て、何か言おうともう一度蓮を見る。
「俺もなんだ。今日初めて東京を出て、例の場所を通ると思うと正直ちょっと怖い。」「うそ…、敦賀さんが?」「そうだよ。俺はキョーコちゃんが居てくれるから平気なふりが出来るだけなんだよ。」「えっ…」「もしも君がロケバスで移動する事になっちゃってたら、俺も無理矢理にでもそっちに行って君の隣を占拠したよ。一人じゃ怖いもの。」「えっ…」
キョーコは思いもしない蓮の告白に驚く事しか出来ない。蓮はそんなキョーコに極上の笑顔を送り、言葉を続ける。
「君も俺も一人じゃない。だからそんなに怖がらないで。俺はこうやってずっと傍にいるから…、ね?」
「はい」キョーコは恥ずかしくて蓮の顔を見ていられなくなって俯いてしまった。しかし、キョーコの返事はしっかりと蓮に届いて、蓮はキョーコの膝の上に置いていた手をキョーコの肩に回してそっと引き寄せた。何の抵抗もなく凭れかかってくるキョーコの重みうまく形容できない幸せを感じながら。車は事故現場に近付いていた。