撮影中****

日は西に傾いて1日の終わりを告げていた。電車は夕方のラッシュの時間帯で、混雑する車内で上野はまゆみを車椅子スペースの端の壁際に立たせ、上野は他の乗客からまゆみを庇うように立った。
「この時間の電車は混むからねぇ。」戸惑うまゆみを安心させようと上野は優しく話しかける。

まゆみは父の言いつけで朝は大学まで車で送迎されている。帰りは時間がバラバラなので必要な時は運転手を呼ぶパターンだ。最近ではみのるに送ってもらう事も増えていた。だから、まゆみは電車のラッシュを知らない。限られた空間にひしめき合う人の数にまゆみは驚いてかなり緊張していた。電車が強く揺れる度にまゆみの体は面白いように揺り動かされる。その度上野は自分の体でまゆみを受け止めて支える。体がぶつかる度に恐縮するまゆみに「大丈夫だから。」と上野は声をかける。それでもまゆみは恐縮し、足元も不安定なままだったので、上野は一歩前に出てまゆみとの間合いを詰める。するとまゆみの体は上野にもたれるような形になり、上野はそれを支えている。まゆみは足元が不安定にならなくなって安心の小さくため息をつく。そのため息を聞いて上野は自分の心が満たされて行くのを感じた。この狭い空間でほんのつかの間ではあるが、自分がまゆみを支えている事、そしてまゆみを安心させられた事が凄く嬉しくて堪らない。このまままゆみの細い体を抱き締めたい気持ちにかられるが、それはまゆみを怖がらせるだけだと、自分の逸る気持ちにブレーキをかける。
「まゆみちゃん、大丈夫?」「ありがとう。頼りになる上野くんがいてくれるから大丈夫よ。」そう言って上目使いに見上げてくるまゆみの顔はまるで小悪魔だ。上野はまたもやなけなしの理性を総動員させるはめになった。
『おい、上野和樹。しっかりするんだ。まゆみちゃんは大切な友達。そしてみのるの思い人だぞ。今ここで不用意に手を出しちゃだめだろう。今まで誰にも感じなかった『特別』を教えてくれたまゆみちゃんなんだから、何よりも誰よりも大切にしたいんだろ?』上野はまゆみにばれないように不埒に動こうとする自分の両腕の動きを手すりを強く握る事で阻止し、歯を食いしばる事でキスの衝動をも噛み締めた。目的の駅に到着きた時に、上野はまゆみにキスしてしまわなかった自分の理性に惜しみ無い拍手を送った。ほんのちょっと臆病な自分をののしりながら。