社は戸惑っていた。ドラマの撮影が始まって、蓮は明らかにおかしい。漣が役から抜けられなくなるなんて今まで見た事がなかった。監督のカットの声がかかってキョーコちゃんがセットから降りようと蓮を見上げたが蓮は動こうとしない。キョーコが蓮の手を掴んで揺すりながら一生懸命蓮の名前を呼ぶとようやく蓮は我に返ったようだ。が、いきなりキョーコを抱き締めたので社はあんぐり口をあけてしまった。セバスチャンは隣でクスクス笑いながら眺めているだけ。周りのスタッフ達からはどよめきが起こる。キョーコが泣き出したので、蓮はその背中をポンポンと叩きながら、まだキョーコを解放しようとはしない。セバスチャンがタイムリミットとばかりに二人に近付いて蓮に声をかける「敦賀様、ここでは目立ちすぎます。京子様の泣き顔をそんなに披露するのは勿体無いのでは?」
蓮はセバスチャンを一瞬睨み付け、しぐにキョーコに視線を落とす。声も出さずに涙を流すキョーコの姿はとても美しくて自分だけのものにしたいと思うほどだった。
「キョーコちゃん、ごめんね。まだ涙止まらない?」キョーコは小さく頭を横に振ったが涙を止めるのは難しいようだった。蓮はキョーコの顔を自分の胸に押し当てて周りから顔が見えないように庇って抱き締め直す。「歩ける?」と聞けばキョーコは小さく頭を縦にふる。蓮はキョーコを従えてゆっくりセットから降りる。セバスチャンはそれに続く。そして社も同行する。四人がスタジオから出ていった後、残されたスタッフや共演者はそれぞれに目の前にあった光景を思う。まるでドラマの1シーンのような光景に皆見惚れていた。蓮のキョーコを見るあくまで優しい眼差しに女性陣は息を呑んで見詰めた。スタジオ中の時間が止まっていた。二人とそのマネージャーがスタジオから去ってスタジオ中がホッとため息をつく。
少ししてざわつきが起こる。
「あの子…なんなの?」「敦賀さんが優しいからって我が物顔で…!」「今回の共演だって敦賀さんの好意だっていうじゃないっ!」……

スタジオ内に不穏な空気が漂う。新開は小さく舌打ちをして、スタジオの空気を変える為に次の指示を出す。新開は泣いてしまったキョーコよりも蓮の事が心配だった。束の間、虚空をみていた蓮の眼を思い出すと嫌な汗が背中を伝う。
しかし、あの二人の事だからちゃんとリセットして戻って来るだろう。それまで自分達はそれぞれの仕事をする、それが今はベストだと新開は考えた。