サイト蓮

俺は河原にいた。森を歩いて水の音に引き寄せられるように近付いたその河原はとても綺麗で、俺はぼんやりと眺めていた。後ろからガサガサという音と小さな足音が聞こえて驚いて振り返ると小さな女の子がひょっこり顔を出した。黒髪をツインテールに結んで大きな眼をこれでもかというくらいに見開き、驚きの表情で彼女は問いかける。
『あなた、妖精さん?』

俺ははっとして思わず身体を起こしていた。今の光景が夢だったと認識するのに少し時間がかかった。でも、つい最近同じような場面に居合わせた事は記憶に新しい。それは、河原ではなく病院の一室で、小さな女の子ではなく女性。髪は黒のツインテールではなくて茶髪のショートヘアだったけれど、零れそうな大きな瞳とその驚きの表情はシンクロする。
隣で俺に背中を向けて規則正しい寝息をたてる少女を見る。つい一週間ほど前、目覚める前の彼女を眺めていた時の事を思い出す。
「…キョーコちゃん」

夢に出てきた黒髪の女の子、名前など知らないはずなのに『キョーコちゃん』なのだと解ってしまう。そして今、少し手を動かせば届くところに大きくなった『キョーコちゃん』が穏やかに眠っている。
なんという偶然、なんという奇跡。俺は彼女を起こさないようにそっと抱き寄せて彼女の髪を撫でる。
彼女はくすぐったそうに身をよじるとこちらの寝返りを打って、俺の胸に頭を預けてまた深い眠りに戻っていった。
俺はどうしてこんな大切な事を忘れてしまっていたんたろう。このかけがえのない存在を忘れてしまたていた自分が愚かしい。それでも、一番に彼女を思い出す事が出来た事を、彼女を守れる位置にいる事を嬉しいと思う。
「キョーコちゃん、ただいま。俺の傍にいてくれてありがとう。ゆっくりおやすみ。大好きだよ。」
彼女の髪に軽く唇を押し当てて眼を閉じる。大きく息を吸って彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、俺もまた深い眠りに戻る。