店を出て社は奏江を送ると言ってタクシーに乗った。蓮とキョーコもタクシーを捕まえてゲストハウスに一緒に帰る。社内はやはり穏やかな空気だ。
「敦賀さん、今日はお仕事大変でしたか?」
「いや、そうでもなかったよ。ただ、挨拶回りで知らない人に知ってる振りをするのは気が引けたなぁ。ちょっと疲れたよ。」
「そうですよね。明日からは私もそんな感じになるんですよね?」
「大丈夫、すぐに慣れるさ。それに共演するドラマの仕事がメインになるから助けあえるよ。」
「私は、敦賀さんに助けられてばっかりで、敦賀さんに何もして差し上げられてないですよ…。」
「そんな事はないよ。君が居てくれるから俺は『敦賀蓮』を演れるんだ。」後半は聞こえないくらいの声で呟く。
「えっ」と小さく驚いて首を傾げるキョーコに蓮は「独り言」と言って悪戯な笑みで誤魔化そうとする。
「もぉ、敦賀さんの意地悪ぅ。知りませんっ!」とソッポを向いてしまうキョーコに「ごめんごめん」と苦笑いしながらキョーコの頭を撫でる。キョーコは頭を撫でる蓮の手を両手で掴んで頭から離し、自分の膝の上に置いてパンパンと叩く。蓮はくすぐったくて仕方がないのでキョーコの手を掴んで大人しくさせてしまう。
宝田邸の裏口、ゲストハウスから出入りできる門の前で車を降りて、それが当たり前というように手を繋いで帰る道は何の不安も感じない。お互いの手の温もりが無条件に安心を与えてくれている。昼間にキョーコが蓮の胸で泣いた事も、蓮が自分の情けなさにほぞを噛んだ事も、今日の最後のこの時に二人が一緒にいる事で、大した事ではなくなる。
そこにいるのは『敦賀蓮』と『京子』ではなく、ただの蓮とキョーコだ。キョーコは蓮の前でだけ素の自分に戻る。それを蓮が受け入れてくれる事を願いながら。蓮はキョーコの温かさと無邪気さに『敦賀蓮』を脱ぎ捨てる。素の自分を見せるキョーコに蓮は胸が痛い。自分は事故にあう前から自分を偽っている。今演じている『敦賀蓮』さえも偽りの姿なのだ。それをまだキョーコには明かせずにいる。蓮自身も自分が一体誰なのか全く知らぬままに『敦賀蓮』を演じているだけなのだ。カラコンの下の碧眼も黒髪の下の金髪も一体誰のものなのか…。それを思うと自分の存在がなくなってしまいそうで怖い。
キョーコに真実を明かせないまま蓮はキョーコに依存していく。彼女の眩しさを受けて自分も輝いていられるような気がする。毎日形を変える不実な月のように。
「敦賀さん、今日はお仕事大変でしたか?」
「いや、そうでもなかったよ。ただ、挨拶回りで知らない人に知ってる振りをするのは気が引けたなぁ。ちょっと疲れたよ。」
「そうですよね。明日からは私もそんな感じになるんですよね?」
「大丈夫、すぐに慣れるさ。それに共演するドラマの仕事がメインになるから助けあえるよ。」
「私は、敦賀さんに助けられてばっかりで、敦賀さんに何もして差し上げられてないですよ…。」
「そんな事はないよ。君が居てくれるから俺は『敦賀蓮』を演れるんだ。」後半は聞こえないくらいの声で呟く。
「えっ」と小さく驚いて首を傾げるキョーコに蓮は「独り言」と言って悪戯な笑みで誤魔化そうとする。
「もぉ、敦賀さんの意地悪ぅ。知りませんっ!」とソッポを向いてしまうキョーコに「ごめんごめん」と苦笑いしながらキョーコの頭を撫でる。キョーコは頭を撫でる蓮の手を両手で掴んで頭から離し、自分の膝の上に置いてパンパンと叩く。蓮はくすぐったくて仕方がないのでキョーコの手を掴んで大人しくさせてしまう。
宝田邸の裏口、ゲストハウスから出入りできる門の前で車を降りて、それが当たり前というように手を繋いで帰る道は何の不安も感じない。お互いの手の温もりが無条件に安心を与えてくれている。昼間にキョーコが蓮の胸で泣いた事も、蓮が自分の情けなさにほぞを噛んだ事も、今日の最後のこの時に二人が一緒にいる事で、大した事ではなくなる。
そこにいるのは『敦賀蓮』と『京子』ではなく、ただの蓮とキョーコだ。キョーコは蓮の前でだけ素の自分に戻る。それを蓮が受け入れてくれる事を願いながら。蓮はキョーコの温かさと無邪気さに『敦賀蓮』を脱ぎ捨てる。素の自分を見せるキョーコに蓮は胸が痛い。自分は事故にあう前から自分を偽っている。今演じている『敦賀蓮』さえも偽りの姿なのだ。それをまだキョーコには明かせずにいる。蓮自身も自分が一体誰なのか全く知らぬままに『敦賀蓮』を演じているだけなのだ。カラコンの下の碧眼も黒髪の下の金髪も一体誰のものなのか…。それを思うと自分の存在がなくなってしまいそうで怖い。
キョーコに真実を明かせないまま蓮はキョーコに依存していく。彼女の眩しさを受けて自分も輝いていられるような気がする。毎日形を変える不実な月のように。