サイド蓮

「…っ、敦賀さんは…敦賀さんはもう『敦賀蓮』なのに、私はまだ『京子』に出会う事さえ出来ていない…」
そんな事をいう京子はんの手は膝の上で震えていて、俺はそんな彼女の緊張を少しでも和らげようとその手の上に掌を重ねた。彼女が笑顔で見上げてくれと期待していたのに、俺の手は払われ、彼女にキィっと睨まれてしまった。えっ?怒ってる?今のは拒絶?俺、京子さんに嫌われた?いや待ってっ!

「敦賀さんはいつも余裕があって…そうやって何でも卒なくこなしてしまえるから…、私が一生懸命になっても掴めないものをあっさり手に入れてしまうから…、私はいつも取り残されて…追い付けなくて…悔しいっ!」

えっ…、俺、余裕なんて全然ないんだよ?さっきだって過去を知りたいという君の真っ直ぐな気持ちが怖くて震えてたのを君は忘れたの?

社長が助けてくれなければ俺はどんどん思考の渦に巻き込まれて深みへ沈んでしまっていただろう。
ブラックホールに沈んでいる俺を現実に引き戻してくれたのは他ならない京子さん。「あ、ごめん。少し考え事を…。」とっさに平静を装う。「いえ、私が失礼な事をしたから…、すみません。」としょげる京子さんに「いや、俺がお節介な事をしたから…」
それから『俺が』『私が』と社長の咳払いを聞くまで繰り返した。
「仲、いいのは結構な事だ。だから最上くん、蓮をあんまり苛めないでやってくれ。」
いや、社長、なんて事を…。
「今だって見ただろう?この男は君がいないとなぁんにも出来ないへたれ野郎なんだよ。」
それは言い過ぎでは…?
「へたれ野郎って社長、ちょっと失礼じゃな「うるせぇ、その通りだろうがっ!」…はい、」
俺、今凄く格好悪いよな。はぁ、こんな情けない姿を京子さんの前で晒すなんで…。なんだか俺、泣いちゃいそう…。しかも、俺よりも京子さんの方がちゃんと役を掴んでる事を社長も見抜いている。俺、実はかなり崖っぷちなんじゃないかな?このままだと京子さんが手の届かないところへ行ってしまうっ!

京子さんの足跡辿りはなんとか保留になった。俺はホッとしている。俺はまだ自分と向き合う勇気がないのだと改めて自覚する。それに、今の関係が心地いいのは正直な気持ちだ。この居心地のいい場所を、関係を俺から奪わないて。京子さん、俺の傍から離れていかないで。

俺は知らない街で戸惑い怯える子供のように京子さんの手にすがる想いで握りしめていた。