サイドキョーコ

知りたい…、一度そう思うと口に出さずにはいられなかった。
「敦賀さん、私は知りたいんです。京子を。人となりを。どんな環境でどんな生活をして、誰と過ごして何を思っていたのか!」
それは凄く当たり前に浮かんだ好奇心。いや、役を演じるというのなら知っておくべき事だと思う。敦賀さんも私の気持ちを理解してくれた。
「俺も敦賀蓮を知る必要がある。一緒に二人を探しにいこう。」

私達はセバスチャンを通して社長にアポを取ってもらって母屋の応接室で社長を待った。社長は快諾してくれるかしら?私達まだこの敷地内から出る事を許されてはいないのよね…。その段階で…。それに、役を掴むためといえば聞こえはいいけど、私は私を演じるために、私が知らない私を探そうとしている。知りたい。でも、知ってしまうのが怖い。まるでパンドラの箱を開ける気分だわ。開けちゃったらもう後戻りなんて出来ないんだわ…。
一気に不安が募り、逃げ出したい衝動にかられる。膝の上に置いた微かに手が震え出す。私は歯を食いしばって思いっきり右手を握っていた。その手に不意に触れた暖かいもの…。隣に座る敦賀さんの大きな手。その温もりにそれまでの異常な程の緊張が霧散する。ホッと小さな息を漏らし、でも、そうやって私をあっさり助けてしまう敦賀さんが憎らしく思えて、挑むような目で見上げてしまった。
敦賀さんは真っ直ぐ前を向いていて、なぜかその表情が堅い。そういえば…、この温かい手、少し震えてる?
嘘…、敦賀さんが震えてる?

私は、私の右手の上に置かれた敦賀さんの左手の上にそっと私の左手を乗せた。そして敦賀さんの手の下で力一杯握りしめていた拳を緩めて掌を返し、両手で敦賀さんの手を包むように握り直す。敦賀さんの手が一瞬ピクッと震えて、私の左手を指に絡めてくれた。

敦賀さんが大きく息を吸って目を閉じて、ゆっくりと、細く長い息を吐いた。そしてふわふわのソファにどっしりと身体を預けるように深く座る。ずっと見上げていた私に目を合わせて「ありがとう」と小さく呟く。その笑顔は穏やかな紳士ではなく無邪気な少年のそれに見えたのは気のせいだったのかな?
敦賀さんを睨むように見上げていたはずの私も顔が緩んでソファの背もたれに身体を預けるように凭れた。私の笑った顔に敦賀さんは「どうして笑っているのかな?」と不満顔。私はただ笑うだけ。もう、二人とも震えてはいなかった。