サイド奏江

社長室に呼ばれたのは夕方の事だった。私はまた社長の気まぐれかお遊びに付き合わされるのかと、些かうんざりした気持ちで社長を待つ。

お供をつれて入ってきた社長は、相も変わらず変なコスプレ衣装をまとっていて、またため息が出た。

「さて…」
正面に座った社長は急に真剣な表情で話を始める。こういう時の社長は要注意だ。

「琴南くん、明日は1日オフと聞いているが、間違いないかな?」
「はい。」あれ?なぜ私の予定を確認するんだろう。

「実は、蓮と最上くんが事故にあった。」
「…えっ」何?新手のどっきりにしては選ぶネタの趣味が悪いわよ。
「それで、あの子の容態はどうなんですか?深刻な怪我とかしてたりするんですか?」ネタかどうかわからないけど、でもあの子が事故にあったと聞けばたとえ騙されたとしても私は動かざるを得ない。

「いや、怪我は奇跡的にない。」
社長のその言葉に心底安心して、ため息がこぼれる。
「だが、問題があるんだ。」
問題?あの子、あのへたれ俳優と一緒に事故にあったのよね?週刊誌にでもすっぱぬかれた?それにひては街は静かだし、あのへたれが事故に乗じて良からぬマネを…なんてあのへたれには無理か。なんなの?何が問題なのよっ!

あくまで普段を装いながら頭の中は大騒ぎ。そんな私を社長は少しの間観察していたみたい。
社長から小さなため息が漏れ、私は反射的に社長を見た。
「……、記憶が、ないんだ…。」

あの社長とは思えない、小さくてなんとか聞き取れる程度の声。しかも掠れた声を無理に絞り出すように告げられた言葉を、私はにわかには信じることが出来ない。

「はぁっ?手の込んだドッキリとかですか?私はお陰さまで社長の戯れに長く付き合ってられる程暇ではなくなってきてますので、お話が終わりならこれで失礼させて頂きますっ!」
私は本気で怒っていた。
社長の前だというのに荒々しくソファから立ち上がり、挨拶もせずに出口に向かう私を、社長は堅い声音で呼び止めた。

「琴南くん、待ちたまえ。いや、待ってくれないか…。」