サイド蓮

「俺達、これから東京に帰るんだそうだよ。」
その声に京子さんは一瞬身をこわばらせて、それでも頑張って笑顔を作った。
「はい。昨日、来られた方々と一緒に行く事になるんですか?」
それはさぞかし不安だろう。昨日直接話をした俺でさえどこまで信用していいのか計りかねている。彼女にしてみれば初対面の男性三人に俺。怖くないというほうが嘘だろう。俺は出来るだけ彼女を怖がらせないようにゆっくり優しく話しかける。
「ゆっくり寛げる車を用意して下さるそうだよ。俺はちゃんと隣にいるから大丈夫。守るよ。」
その言葉に京子さんはまるで蕾が綻ぶような笑顔を見せる。今度は俺が固まる番だ。その可愛さは反則だ。どうしてくれようか、この娘はっ!

程なく、昨日『社』と名乗った男性が病室に訪れた。隣には長い黒髪の美人が立っていた。

社さんはその人を『琴南さん』と紹介した。ゆったりしたリムジンとはいえ男ばかりの社内で京子さんが不安だろうと、社長の計らいで彼女がやってきたのだという事だった。社長という人はかなり機転の効く人物らしい。

琴南さんは京子さんに軽く挨拶をした後に「本当に何も覚えてないのね。」と小さく、本当に小さく呟いた。その眼差しが凄く寂しそうで、琴南さんと京子さんは大事な友達同士なんだと感じる。京子さんはそんな琴南さんの仕草に慌てて「ご、ご、ごめんなさい。必ず思い出すからっ!きっと思い出せるからっ!」と必死で言い募っている。その光景はほのぼのしていていい雰囲気で、社と名乗る人は優しい笑顔で眺めている。俺にとってもは微笑ましいずなのに、なんだろう、このちょっと胸の奥がモヤモヤする感じは?

京子さんは琴南さんに連れられて東京へ戻る支度を始めた。俺は俺の病室でぼんやり窓の外を眺めていたが。後ろから社という人が声をかけてくる。
「おい、蓮。もう準備はいいのか?」
「はい、元々荷物も少なかったみたいですし。…えっとぉ…、」
「社だよ。蓮はいつも俺の事を社さんって呼んでたんだ。俺はお前のマネージャーで、付き合いはもう五年になるかな。長いようで短い時間だよ。今のお前には解らないんだろうけれど、俺はお前を弟みたく思ってるんだ。だから、これから先も困ったり悩んだりしたら遠慮なく言ってくれ。そうしてくれると嬉しい。」

眼鏡を左手で上げながら社さんはそう言うと俺から視線を外し。
「ありがとうございます。」
俺はこの一言しか絞り出せなかった。