こんにちは!

 

みほりの日記にようこそ!

 

娘と一緒に退院しましたが、

 

娘は、相変わらず、おっぱいを飲んでくれなく

 

毎日、搾乳をして、哺乳瓶に入れて与える事にしました。

 

その後、私は乳腺炎に掛かり熱が出ましたが、

出生届を出さなければならない為、

 

熱が39度出ていましたが、フラフラになりながら、

市役所に出生届を出しに行きました。

 

搾乳を毎日、3時間おきにしていたため3か月後は、

手が腱鞘炎になってしまいました。

 

が、私は、娘の為、熱が出ようが、腱鞘炎になろうが

精一杯の事をしてあげたくて、そのことだけで頭の中は

いっぱいでした。

 

子供の名前は母と考え「幸子(ゆきこ)」としましたが

義母が退院した後、1週間位して、出産祝いと言い

お金をもってきましたが、名前を「さっちゃんに上げてください」

と、間違えて言ってきました。(笑)

 

幸子をさちこと間違えたようです。

「初孫の名前くらい、覚えろ」と、言いたかったのですが、

 

この方たちは、子供の事など、何とも思っていないのですから・・・

 

大体、内孫に出産祝いもおかしな話で、バカ亭主は私が実家に5か月

居ましたが、1回も来ませんでした。

 

その後、離婚の話し合いになりましたが、

主人の方の出席者は義弟と義母が実家に話に来て

 

義弟が「みほりさんは、母が問題なんですか?」と聞いてきたため

 

「義祖母は私と主人と出かけてくると具合が悪い、と言っては連絡してきて、

いつも途中で電話が入るので、1時間くらいで呼び戻されます。

2人でいることを嫌がり邪魔をしました。主人は、ばあちゃんや母ちゃんが心配とは言うものの、

私の心配はしてくれません。

 

又、9月の暑い日、朝もう30度越えをしていた日、つわりで具合が悪くなった私を

主人が「車でおくっていこうか?」と言ったのに義母が「タクシーを呼ぶから会社に行きなさい」と

言い、3kmも歩かせて、それでも病院まで10km以上あったのに、タクシーを呼ばずに歩かせてようと

した為、私と赤ちゃんが義母に殺される、と思い、義母が止めるのも聞かず、公衆電話から実家に電話

そのあと、私は、実家で迎えに来てくれた事に安心したのか、気絶したのです。

でも1番問題なのは、主人です。

 

給料は私に1度もくれなく、義母に全て渡し、私は、主人がいくら給料をもらってるか

知りません。また、私が仕事をしていたため、食べたいものは、自分のお金で買ってきました。

それを、義母が作ったモノとして主人は食べていて、そのことについて義母と義祖母は何も言わず

私が料理をしたことが無いと、周囲の人たちに言ってます。その他、上げればきりがないですよ。

義母の布団で寝ていたし・・・。おかしなことだらけでした」と、義弟に伝えたのです。

 

義弟からは「僕が、みほりさんをお嫁にしていたらよかったです。」とまで、言ってくれました。

 

これも変な話なんですがね・・・(笑)

 

こんな風に、本人(主人)抜きの話し合いが何回か持たれる事になるのです。

 

一度、父と母が、「なぜ? ご本人がこないのですか?」と聞くと

義母が、「息子は仕事が忙しくて来れないんです。」との返事

 

もう、私たちはあきれて 本人は逃げ回ってるのは見え見えでした。

話し合いにも顔を出せないとは・・・・

なんとも、おこちゃまな主人を、見抜けなかった、自分に腹が立ちました。

 

 

次回に続きます。