稽留流産の診断が下り、子宮内容物除去術の日を待っていた時の話。

 

 ひとり昼食を作る気力もなく、近所のデニーズに行きました。

 

 季節のパフェを食べながら窓の外をぼんやり眺めていると

小学生低学年ぐらいの子どもたちが10人くらい集団になって

下校している姿が目に入りました。

 殆どの子どもたちが屈託のない笑顔で楽しげに歩いている中

ひとり、とても疲れた様子で黙々と歩いている子がいました。

 

 その時、私自身もこのくらいの年の頃に疲れていたなと

急に思い出しました。

 うまく表現できないのですが、当時幼な心に、子供とは

大人から見て幸せそうに見えなければならない。とか

子供らしくいなければならない。という謎のプレッシャーを

感じていました。なんだか辛くて重かったなと思います。


今もそのプレッシャーは健在で「社会から見て幸せそうに

見えないと生きていてはいけない。

実際に幸せかどうかはおいておいて見せかけでもいいから

幸せそうに見せなければならない」という価値観が備わって

しまっているようです。

 

 妊活を始めて、恵まれない時期が長くなりすぎて

子ども欲しいとしか考えられなくなっていたけれど

生まれてこさせられた子供は、勝手に作られて迷惑

って思う日が来るかもしれないなと思ったとき

このまま出来ない方がいいという考えが素直に浮かびました。

 

何が書きたいのかすらまとまっていないこの文章の通り

気持ちは揺れているのですが、いつか遠くない日に

あっさりと憑き物が落ちるように答えが出る気がしています。