1.Pigeon woke up | 携帯小説サイト-メメント・モリ-

1.Pigeon woke up

 暑い。最悪な目覚めだ。いつもは締め切っている筈のカーテンの隙間から、
僅かばかり差し込んだ日の光が、俺の頬のあたりに落ちてきていた。

 クソッタレ。そう思いながら、カーテンを閉め直し、枕元のリモコンのボタンを押す。
古いエアコンが爆音を立てて動き出した。時々冷えすぎるくらいのこいつは
俺が生まれた頃からあるらしい。そのくせ黴臭い臭いがあまりしないのは
俺が小まめにカバーを開けて、せっせと中を掃除しているおかげだろう。

 部屋が冷えてくると漸く怠い身体を動かそうという気になり、俺は起き上がった。
休日だってのにとんだ寝覚めの悪さだ。いやむしろ休日でよかったと思うべきか。

 欠伸を噛み殺しながら、机の上に放ってあった温いペットボトルの茶を飲み干す。
喉の渇きが癒えると、ようやく人心地着いた。俺は、大きく伸びをする。
南東向きの角にある俺の部屋は、冬には有難いが夏は勘弁して欲しい。
そんな事を考えながら、俺は押入れの扉を開けた。

 奥行きの深い日本風の押入れ、上の段。そこに入っているのは、洋服ではなく。

ギターとベース。それぞれが合わせて十二本。押入れの上のほう
端から端までを渡るようにして、スチールポールが二本取り付けてあった。
ねじ止めできるように加工したそれは、押入れに穴を開けてしっかりと付けてある。
傷をつけないよう布をあてた二本のポールとポールの間に、
ギターやベースのヘッドの部分を差し入れて、引っ掛けて吊っているのだ。
下には万が一落ちたときにダメージが少ないよう、古い布団が敷き詰めてある。
保管場所に困って作った楽器置き場だ。よく使う五本だけそこに吊るしてあり、
あとの七本はハードケースに入れて下の段においてある。
よくこんなに増えたものだと思うが、自分が買ったのはせいぜい五本ほどであり、
後は両親が誕生日にくれたり、人から譲ってもらったりしたものが多い。

 俺はそこからいつものようにYairiのアコギを取ろうとして…ふとその手を止めた。
今日は、こっちだ。そういう気分だった。押入れの下の段を覗き込んで、
ブラックレザーのハードケースを取り出す。自然と口が緩んだ。
がちゃり、とケースを開けると、飴色の綺麗なアコギが顔を覗かせた。

 ギターを取り出し、ヘッドに一つキス。立ち上がり、机の上のピックを取る。
そいつを空中へぽいと放り投げ、指の間でぱしりと挟んで空中で受け止めた。
よし、今日の俺は絶好調だ。ベッドに腰賭け、ギターを調律する。




ドゥドゥドゥ、トゥトゥトゥ、ティティティティティ…




 調律の音が、俺のエンジンを加速させる。寝覚めの悪さなんかは完璧に忘れた。
フレットをぐっと押さえ、ジャキン、と一つ音を鳴らす。力強い音だ。
そのまま適当に、ジャカジャカとかき鳴らす。最初はゆっくり、徐々にアップテンポ。
適当なコード適当な歌詞適当なメロディーを、適当に組み合わせ適当に弾き語る。

 うちの家は、意外と防音性が高いので、窓を閉め切ってさえいれば苦情はない。
音楽好きの両親に感謝すると同時に、いつまでも俺が実家暮らしをやめられない
格好の言い訳になってしまっていることに、苦笑する。どっちにせよありがたいが。
何の気兼ねもせず、気持ちよく音楽を堪能出来るのは嬉しい。

 俺が、ノリながらギターを弾いていると、いつの間に来たのだろうか。
部屋の扉がうっすらと開いて、お袋が俺の部屋を覗き込んでいた。
俺はちょっと恥ずかしくなって、弦を手のひらで押さえて音を止める。



「何?」

俺がそう聞くと、お袋はにやっと笑って、ギターを指差した。


「ダヴ、珍しいね」

「ああ、うん、なんとなく」

「あ、そ。ねえ、コウちゃん。ご飯できてるわよ。食べる?」

「食べる」

「じゃあ早く降りて顔洗ってらっしゃい」

 お袋はそれを言いに来ただけなのか、さっさと扉を閉めて行ってしまった。
扉の外でトントンッと、階段を下りる軽快な音が聞こえて、遠ざかってゆく。

 自分から話を振っておいて、『あ、そ』はないだろ。と、俺は苦笑する。
お袋は一言で言えば、自由な人間だ。その自由さには辟易するが、
不本意ながら俺にも同じ血が流れていることを、きちんと自覚していた。


「コウ君って、自由だよね」


 にっこりと笑ってそう言った、あの子の顔が思い浮かんだ。
それにつられて思い出す、今日は夕方から路上ライヴをする予定だ。
見に行くよ。あの子が笑ってそう言ったのを思い出し、にやつく頬をぴしゃりと打つ。


よっしゃ、今日もがんばろう。


 俺は弾いていたギターの弦を全て緩めてからハードケースにがたりと戻した。
ピックガードに刻まれた鳩の絵を、するりとひと撫でして蓋を閉じる。
ギタータイムは、これで終了。昼からはベーシスト&バックボーカルに変身だ。




あの子に、最高の音と歌を聞かせてやるぜ。







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