ラファエロ・コードのブログ
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建国記念の日に思う

今日は建国記念の日。だが、なんら政府の行事もない。米国では7月4日の独立記念日には、ワシントンモニュメントを近辺で祝賀の花火大会がある。フランスでは7月14日の革命記念日に、シャンゼリゼ通りを大統領が、軍隊とともに行進し、その上を最新ジェット機が飛行する。しかし、わが国では何も行われない。独立を勝ち取ったという気持ちがないからかもしれない。

数日前に、北方領土返還の日というものがあった。そこで菅首相は、メドヴェージェフ・ロシア大統領の国後島訪問を「許されざる暴挙だ」と訴えた。なぜ、国後島訪問後にメドヴェージェフに会った昨年11月のAPECの席上では言わなかったのかという指摘もあるが、この訪問はまさに暴挙そのものである。

 なぜなら、これまで北方領土に関する新たな発言は、外交交渉の場で行われてきた。あのエリツィン大統領でさえ、その慣わしに従ってきたのであり、その結果、クラスノヤルスク合意や、東京宣言などの宣言文が積み重ねられてきたのである。

ところがメドヴェ-ジェフ大統領は、国後島を訪問し、クリル諸島はわが国の領土であり、そこに大統領が自由に訪問するのは当然だ、などと述べている。一方的な、ロシア領土宣言である。これが暴挙でなくしてなんだろうか。

第二次大戦後、わが国の領土問題の基本原則は、戦争で勝ち取ったものではなく、その前からその国の国民が移り住んでいて、一度も他国の領土になったことがない領域は、日本の領土というものだ。北方四島は明らかに、これに当てはまる。それをソ連が火事場泥棒的に奪っていったのである。

ロシア人の中には、日露戦争で日本が一旦千島樺太交換条約でロシアと交換していた樺太の南半分戦果として領有した、だから戦争で奪った北方領土も返さなくてもよい、などという理屈があるそうだ。これは違う。わが国は、ソ連と戦争して失ったわけではない。8月15日をもって武装解除していたところに、何日もたって、ソ連が攻めてきて、奪うことができたのである。

 こんなことが、第二次大戦後も許されるのであれば、いまだに世界は無法社会だといわざるを得ない。それを許容するならば、欧米人にとっても恥である。だが、何よりも日本人が、北方領土問題を正しく認識して、ソ連、ロシアの不当性を明確に知ることである。

ところが、教師の中には、「北方領土がどこの国に帰属するのか分からない」などと中学生に教え、生徒達も「わからなくなった」などという授業が、こともあろうに、北方領土に最も間近な根室市で行われているというではないか。

http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/110209-164602.html

 まず、日本人が領土と主権に関して、正しく認識し、これまでこの国土を守るために血を流してくれた先人に深い感謝の気持ちをもち、その思いを発露することが先決である。そうすれば、無法者にも一部の魂があるというものだ。返すかどうかは不明だが、永遠に国際法無視で奪った無法者であることを訴え続けるべきだ。ロシアはその声が弱まることを待っている。

2012年は末世か

徒然なるままに

「徹子の部屋」に吉田恭子というバイオリニストが出演。米国のバイオリニスト、アーロン・ローザントの演奏に心酔し、師事してきたという。番組でもラフマニノフのピアノ協奏曲第二番をクライスラーがアレンジした曲を演奏していた。ロザントがクライスラーの直筆の楽譜を持っており、広く流布していないのであまり聞かれない演奏だという。

アーロン・ロザントの演奏は、かなり前、東京でチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を聴いたことがあるが、上手かったけれど、それほど迫力ある演奏とは思わなかった。しかし、吉田恭子の話を聞くと、演奏での感情移入に極めて厳しい演奏家であることが分かった。ローザントは、吉田のことを「私のストーカーだ」と周囲に紹介していたというが、ストーカーになるほど師として指導を仰ぎたい人物に出会えるのは幸いであろう。