ジャズを好きな方なら、パノニカ(通称、ニカ)という、ちょっと変わった名前を見聞きした覚えがあると思います。

 

 

 

 

 

≪出典・参考文献≫

 

出版社 : 月曜社 (2019/2/27)
発売日 : 2019/2/27
言語 : 日本語
単行本 : 384ページ
ISBN-10 : 4865030697
ISBN-13 : 978-4865030693

 

 

 

 

 

 ちなみに、彼女のために創られた曲を並べてみますと…

 

 

〇Nica’s Dream/Horace Silver

〇Pannonica/Thelonious Monk

〇Nica/Sonny Clark

〇Nica’s Tempo/Gigi Gryce

〇Blues for Nica/Kenny Drew

〇Nica Steps Out/Freddie Redd

〇Thelonica/Tommy Flanagan

〇Bolivar Blues/Thelonious Monk

〇Cats In My Belfry/Barry Harris

〇Coming On The Hudson/Thelonious Monk

〇Inca/Barry Harris

〇Little butterfly /Thelonious Monk

〇Nica's Day / Wayne Horvitz

〇Poor Butterfly/Sonny Rollins

〇Thelonica/Tommy Flanagan

〇Theme for Kica/Eddie Thompson

〇Tonica/Kenny Dorham

〇Weehawken Mad Pad/Art Blakey

 

 

 てな感じになるのですが、彼女がいかに多くのジャズメンから愛されていたかがわかりますよね。

 

 モダン・ジャズの巨人、チャーリー・パーカーとセロニアス・モンクが、共に彼女の家で息を引き取ったのも、そこが彼らにとって、文字通りの天国に一番近い場所であったからに他ならないと思います。


 

 

 19世紀半ばに世界一の大富豪に昇りつめた、ユダヤ人の一族であるロスチャイルド家。その末裔として生まれたパノニカ・ドゥ・コーニングウォーターが、何故に全てを投げうって、黒人ジャズの庇護者となったのでしょうか。

 

 

 

 ちなみに、これが、彼女が育った家!

(・o・)

 

 

 

 この他にもヨーロッパ中に豪華な邸宅や別荘を所有していたというのだから、驚くというよりも、開いた口が塞がらないという感じですかね~

^^;

 

 「さぞや豪華絢爛な暮らしぶりでだったのだろう」と思われるかもしれませんが、実は然に非ずで、子供達の、取り分け女の子の日常は、ロスチャイルド家の始祖、マイアー・アムシェルが定めた鉄の掟が支配する、訓練所のような様相だったようです。

 

 もちろんニカも例外ではなく、乳母や召使、さらには家庭教師や専門講師、掃除係、従者、運転手、庭番、馬番、美術品の保全係から時計のネジ巻係等に囲まれながら、毎日決められた時間に起き、決められた服に着替えて献立通りの食事をし、決められた時間に眠るという、何一つ不自由のない、そして何一つ自由の無い毎日だったといいます。

 

 それにしても驚くのは、両親と一緒に食事が出来たのは16才からで、それまでは乳母達と召使いにかしずかれながら子供部屋で食べていた、というのだから、何だか寂しい感じもしますよね。

 

 唯一の楽しみは、ゾウガメやカンガルー、エミューが歩き回っている庭を散歩することだったとか(ちなみにこれは、動物園に行くという意味では無く、自宅の“庭”での事です/笑)。

 

 そしてもう一つ、ロスチャイルド一族には珍しく父親のチャールズがポピュラー好きであったために、ニカは子供の頃からアメリカのジャズに親しむことが出来ました。

 

 

 ロスチャイルド家の「掟」は男尊女卑の色彩が濃厚で、一族の内で事業を継承出来るのは男子のみ。女性の多くは学校にも通わせてもらえず、友達も思うように作れず、結婚相手も同族から選ぶことを求められていました。

 

 もちろん、一通りの教科は家庭教師から学んでいるので、ニカの姉のミリアムのように学者への道を歩んだ人もいましたが、ロスチャイルド家の多くの女性達は家から離れることも無く、同族から選んだ結婚相手と自分が育ったのと同じ家庭を持つことを、運命として受け入れていたようです。

 

 「他の事は、何一つ知らなかった。世界はそういうふうに出来ているものだと思っていた。…本当に鳥かごのようで、自由は何所にもなかった」。これはニカの姉のミリアムの証言ですが、家業を継ぐ以外に道が無かった男達にしても、自由を犠牲にしなければならなかったのは同じで、ニカの父親のチャールズが、不幸にして自死に至ったのも、定められし運命から逃れたかったからだと云われています。

 

 

 

 ロスチャイルド家の始祖、マイアー・アムシェルは、狭くて不衛生なユダヤ人地区に生まれ、土地を持つことも畑を耕すことも許されず、絶望と飢えに苛まれる日々を送っていました。成功への糸口を掴んだのは、キリスト教徒から蔑まれていた「金貸し業」を始めてからで、金融に特異な才能があった彼は瞬く間に成功を収め、5人の子供達をヨーロッパ各地に派遣して銀行の買収を進めます。次に彼が着手したのは、一族の没落を防ぐための策を講じることで、その中の一つが「掟」だったんですね。

 

 アムシェルが活躍したのは、長子相続や男子重用、外で戦うのは男の仕事で、女は家で子供を守るもの、というのが、言わば当たり前だった時代。これは日本にもあったことで、アムシェルを女性差別主義者として一方的に非難するのは、いささか無理があるように思います。

 

 また、徹底した秘密主義や同族婚によって一族の結束を固めようとしたのも、偏見や差別に晒されて続けて来たユダヤ人の歴史を思えば、やむを得ない事なのかもしれません。

 

 して、アムシェルの掟や暮らしの中の事細かな規則をニカが守っていたか、というと、ご想像通り(笑)かなりのお転婆だったようで、一族の内でも手に負えない子供として名を馳せていたのだとか。これは飽くまで想像ですが、彼女が黒人ジャズに惹かれるようになったのは、もしかしたら演奏の奥底に自由への渇望が存在する事を、子供なりに捉えていたからだという気もするのですが、想像が過ぎるでしょうか。 

 

 

 

 16歳になるとニカはようやく子供部屋という名の「鳥かご」から脱し、就寝時間の制限は撤廃され、単独で旅行することも許されるようになります。

 

 初めて踏み入った外の世界は、とても新鮮で刺激に満ちていましたが、ロスチャイルド家の力が及ばない事態に遭遇することも間々在り、ニカは生まれて初めて反ユダヤ主義の人々から暴言を吐かれたり、乱暴な態度を取られるといった経験をします。しかし、この親にしてこの子あり、というべきか、ニカや兄弟達のもっぱらの関心は、大恐慌におけるロスチャイルド家の損失の方に向けられていたようです。

 

 

 20歳の時、ニカは社交界にデビューします。そしてその3年後、10歳年上のジュール・ド・コーニングウォーター男爵と出会い、彼の猛烈なアプローチに応えて結婚。ニカ男爵夫人という通り名は、ここから始まるのですが、結婚してからの彼女は、ドイツ軍が迫るフランスから子供達と命からがら脱出したり、夫と共に自由フランス軍に従軍してドイツと戦ったり、その功績から勲章を受けたりといった、まさに波乱万丈の人生を送ります。

 

 しかし終戦後に外交官となった夫との暮らしは、子供時代を彷彿とさせる平凡で退屈極まりないものでした。鳥かごから飛び出した鳥が二度と戻ろうとしないように、規則や計画などをこよなく愛するたジュールとの生活は、彼女にとって耐えがたいものになって行きます。

 

 そんな折、ニカは気晴らしにニューヨークを訪れ、その帰りがけに以前からの知り合いだったテディー・ウィルソンの家を訪れます。そして彼女は、残りの人生を決定づけることになる一枚のレコードと出会うんですね。

 

「私は、自分の耳が信じられなかった。そのまま、何十回も聴いていた。帰りの飛行機の時間が過ぎるのも構わずに」

 

 

 

 

それが、この曲です!

 

Thelonious Monk - 'Round Midnight

 

 

 

 

 

 そして彼女は、「この音楽を演奏した男に、私は会わなければならない」と決心します。夫も、子供達も、一族との絆も捨てて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、いうことで、ニカがニューヨークのジャズシーンに登場するまでの話をまとめてみたのですが、如何でしたでしょうか。

このまま続けるとかなり長くなってしまうので、ニカのニューヨークでの物語は、またの機会ということに!

^^;。

 

**もしかしたら、ニカにとってのジャズは、鳥かごから見上げていた「空」のようなものだったのかもしれませんね。そして、そこから聴こえて来たモンクのピアノが、ニカの心の翼を風のようには膨らませ、空の高みへと誘ったのではないかと思います。

 

 

**最後に、ロリンズがニカに捧げたこの曲をドウゾ!

 

 

Poor Butterfly/Sonny Rollins

 

 

 

 

 

では、また!」

(^^)/