娘が泣いた
引越しから3日、娘が泣いた。
私の父が、引越しの日から泊まっていた。細かいことが得意だから、かなりいろいろ助かるけれど、性格もかなり細かい。そんな父の一言からだろう。娘の様子がおかしいと感じた。
娘を買い物に連れ出した。
娘は泣いた。
娘に理由をきいた。
娘は、こう言った。
ママは友達に相談できて、ママの友達は理解してくれるでしょ?
私の友達も話をきいてくれるし、気持ちをわかってくれるけど、こんなに複雑なこと、みんなには理解できないよ。
それから、大人たちは、
部屋が広くなってよかったね、
駅から近くなってよかったね、
とか言ってくる。
でも、そんなの私には関係ない!
わかってるよ、私は全部わかってる。
わかってるけど、
関係ない!!
友達に、どんどん離れていっちゃうねって言われた。そう言ってくれた。
私は、みんなから離れてしまうこと、それが一番悲しい。
娘の原点は、売却してしまったマンションだった。
娘は4才から、息子は1才から住み始めたあのマンションが、子供たちにとって、人生のすべてだった。
そこから、10分ほどのアパート、さらに10分ほどのこの住まい。近くではあるが、確かに遠い。距離の問題ではない。
原点に戻ることは二度とないこと、これが娘にとって、一番つらいことなのだろう。
私は、娘の気持ちをすべて受け止めた。
この数年におきたこと、それによってわきあがる複雑な娘の思いは、私にしかわかりえない。
娘の気持ちをきいて、胸が痛むとか、つらいとか、そんなものはなかった。
自分が落ち込んでいる時間なんて、なかったんだと思う。たぶん、心痛めてる娘を立ち直らせることが優先だったのではないだろうか。
他のお友達より、ひとつ悩みを多くかかえてしまったね。
他のお友達より、大人の体験をしてしまったね。
そして、外へ連れ出した際、この感情のぶつけさきを娘に決めさせた。
そして、その結果、笑顔になっていた。
「今、ママが導いたわけではないよ。
自分で自分の感情を救ったんだよ。」
この先、どうしようもない感情になること、どうしようもできないことが起きること、たくさんある。
自分一人でのりこえなければならないこともある。
人間は、一人であることも。
娘は他のお友達より、少し大人になっているであろう。
私の父が、引越しの日から泊まっていた。細かいことが得意だから、かなりいろいろ助かるけれど、性格もかなり細かい。そんな父の一言からだろう。娘の様子がおかしいと感じた。
娘を買い物に連れ出した。
娘は泣いた。
娘に理由をきいた。
娘は、こう言った。
ママは友達に相談できて、ママの友達は理解してくれるでしょ?
私の友達も話をきいてくれるし、気持ちをわかってくれるけど、こんなに複雑なこと、みんなには理解できないよ。
それから、大人たちは、
部屋が広くなってよかったね、
駅から近くなってよかったね、
とか言ってくる。
でも、そんなの私には関係ない!
わかってるよ、私は全部わかってる。
わかってるけど、
関係ない!!
友達に、どんどん離れていっちゃうねって言われた。そう言ってくれた。
私は、みんなから離れてしまうこと、それが一番悲しい。
娘の原点は、売却してしまったマンションだった。
娘は4才から、息子は1才から住み始めたあのマンションが、子供たちにとって、人生のすべてだった。
そこから、10分ほどのアパート、さらに10分ほどのこの住まい。近くではあるが、確かに遠い。距離の問題ではない。
原点に戻ることは二度とないこと、これが娘にとって、一番つらいことなのだろう。
私は、娘の気持ちをすべて受け止めた。
この数年におきたこと、それによってわきあがる複雑な娘の思いは、私にしかわかりえない。
娘の気持ちをきいて、胸が痛むとか、つらいとか、そんなものはなかった。
自分が落ち込んでいる時間なんて、なかったんだと思う。たぶん、心痛めてる娘を立ち直らせることが優先だったのではないだろうか。
他のお友達より、ひとつ悩みを多くかかえてしまったね。
他のお友達より、大人の体験をしてしまったね。
そして、外へ連れ出した際、この感情のぶつけさきを娘に決めさせた。
そして、その結果、笑顔になっていた。
「今、ママが導いたわけではないよ。
自分で自分の感情を救ったんだよ。」
この先、どうしようもない感情になること、どうしようもできないことが起きること、たくさんある。
自分一人でのりこえなければならないこともある。
人間は、一人であることも。
娘は他のお友達より、少し大人になっているであろう。