テレビで、石原4兄弟が集まって慎太郎の逸話を話していた。面白かった。

 

石原慎太郎は、思想、哲学、倫理、正義感など、知の巨人であるとともに、

行動の人でもあり、尊敬しているし、大好き。

だからこそ、裏側の話を聞くと、笑ってしまう。

あの時代の男であるとともに、時代の寵児だった。

自分は、慎太郎に憧れる世代の後の世代で、

慎太郎は、国会議員として奮闘しつつ、挫折していた。

都知事になってからの大活躍と、引退後の発言を、本当に感謝しているし、

ずっと頑張ってほしいと思っていた。

 

・庭でキャッチボールをして遊んでる子供たちに向かって

「お前ら(4兄弟に)、どけ!」と言って、テニスの壁打ちを始める。

「俺にもキャッチボールをやらせろ」グローブを奪って、キャッチボール。

(俺は、忙しい!お前らは、暇だろ!その後に遊べ。)

・食事は二交代制。慎太郎が終わった後、子供達が食べる。

毎食、ご飯、パン、そば、を準備させて、その時の気分で、指示が来る。

(子供はうるさくて、一緒にいたら食べた気にならない)

母が倒れて入院した時、代わりに良純が対応したが、

わがままで、機嫌が悪くて大変だった。

それを入院している母に報告すると、

「わがまま」は悪い言葉なのでテレビで言ってはいけません。

「あの人(慎太郎)は、機嫌が良かったことなど一度もありません。」

・奥さんとの馴れ初め。

一橋大学学生になった慎太郎が、関東学院六の奥さんに、

「勉強を教えてやろうか」「えっ、はい」

1年後、学生結婚。奥さんは高校3年生で結婚。

ほぼ、慎太郎の面倒を一心にみることが、人生(運命)だった。

慎太郎が亡くなった1か月後に死亡。

「ドタキャンの慎太郎」「トリプルブッキングの慎太郎」

「豪華客船の旅」をドタキャン。「俺は行かない」

代わりに良純が、楽しんだ。

ボートの仲間、ゴルフの仲間、○○の仲間を、呼びつけておいて、

その日の気分で、どれかを選んで、他を顧みない。

「自分」が最高に楽しめることを「最優先」。

・小泉家とも親族。

小泉純一郎が総理になった時、始めて、慎太郎と始めてじっくり話をして、

最後に「俺がお前を支える(都知事として)から、思う存分やれ」と言われて、

純一郎が「うれしかった」と家族に報告したらしい。

慎太郎の納棺の際、小泉純一郎が人をかき分けてきて慎太郎の手を取った。

すごく印象的な光景だった(良純)。

・金婚式。

石原伸晃が、料亭を準備していたら、

「あの女将は、生意気だから、俺は行かない。」

引き継いで、石原良純がレストランを借り切って50名くらい招待して、実施。

数年後、慎太郎「俺も、金婚式ぐらいしてやればよかった」

(してやったじゃん(良純))

 

あの時代の親父は、みんな「王様」だった。

一家は「おやじ」を中心を動いていて、振り回されて、

理不尽に「怒られて」「殴られる」のが多かった。

暴力の話がなくて、ましだった。