みーしゃのわすれな草日記 -6ページ目

みーしゃのわすれな草日記

大事な家族、仕事、何気ない日常を、少しずつ語っていけたらと思います。

先日より
私が勤めている
法人のHPの片隅のブログを
担当させていただいております。
これまで、1年間
HP担当であったにもかかわらず
事務的な更新のみ行ってきました。

先日の会議で
私にブログを担当させてほしいと申し出したところ
「いいけど・・・」
とおっしゃりながらも
不安そうな雰囲気が・・・。

「何がご心配ですか?」
「内容よね?韓国のこと書かれても困るし・・・」

職場で
私が韓流ファンということは
周知の事実です。

ですので、それがご心配だったようで・・・

職場と韓国は全く共通点がありませんので
それについては全く触れる気がありませんでした。
私の日々をご存じの職場の方は
それが一番心配だったようです。

「安心してください。韓国のことには触れる気はありません」

そう申し上げました。

ということで
早速職場のブログも開始いたしました。
あちらは本名で綴っております。

私は
職場でも
プライベートでも
ブログをほぼ毎日更新していく生活になりそうです。

書くことが仕事だなんて
なんて私は恵まれているのでしょう。

好きなことが仕事になるって
本当に幸せだと思います。
今日は母の日。

母よ。

私を産んで育ててくれてありがとう。
あなたのおかげで、
私は、この世にいる。

そして、
ありがとう。

元気に育ってくれて。

{4150CE7B-D08B-4D0C-ABA8-1548D475BF2F:01}

{4BADADDE-E38A-4DA8-8DB7-1F7FA9D23833:01} 

お花と手紙。
私のたからもの。
ある年の5月3日。
私は夢のような体験をした。

はたから見たら恋人同士の
お見送り。

でもその人は
有名人。

私はもちろん
一般人。

飛行機の搭乗口。
有名人の出発なのに
お見送りは私一人。

だから
私一人で
その人を独占。

会話はほんの少しだったけれど
温かい気持ちは
伝わってきた。

いつまでもいつまでも
見えなくなるまで
振り返って
手を振ってくれた。

もちろん私に。

あれは夢か幻だったのかも知れない。

わすれられない思い出。

たぶん
私の一生で10指に入る
幸せな体験。
今日は母の命日。
きっと今日は
私のそばにいてくれている・・・
その様に感じております。

母は
身体が弱い人で
私が高校生の時から
入退院を繰り返していました。

綺麗で細くて優しい人でした。

でも・・・

生きることに
意欲の無い人でした。
だから
早く逝ってしまったのかも・・・

私は母の様にはなれませんが
生きることには意欲があります。

母が私の悪いものを
すべて持って行ってくれたようで
母が逝った後、
私にはたくさんの幸せが訪れました。
母には感謝しても
しきれません。

まずはこの世に
わたしを送り出してくれたこと
ありがとう。
それだけは
母に再会した時に
一番にいいたいことです。

もともと
父似だった私ですが
年とともに
母に似てきております。

若いころ
母のようになりたくて
母に
「何で私はお父さんに似ているの?
お母さん似になりたかったのに」
そう何度行ったかわかりませんでした。
でも母は
「私はあなたがお父さんに似ていることが
本当に幸せなのよ」
そう言ってくれていました。

母は
心から父を愛しており
父を尊敬し信頼しておりました。

素敵な夫婦でした・・・

やっと
母に似てきました。
母に
だんだん似てきたことを
とてもうれしく思っております。

夢に出てくる母は
元気なころの母です。
いつも素敵なフレアのワンピースを着ていて
つばの広い帽子をかぶって
優雅なたたずまいで
ニコニコ笑っています。

私より
ずっと若い母。

わたしも
夢の中では
幼子に戻っておりますが・・・

母に会いたいです。
子供のようですけれど
母に会いたいです。

たくさんのお礼と
たくさんの感謝と
たくさんの愛を
母に伝えたいです。

14回目の命日は間もなく過ぎて行きます・・・
先日
横浜港を起点としたディナークルーズ
「ロイヤルウィング」
に乗船して参りました。

{2E6A0D61-5F2B-4B62-A762-4175DD91270F:01}


夜、
気のおけない仲間と
楽しく美味しい時間をすごしました。

食事は横浜らしく中華のブュッフェ。
ドリンクは飲み放題。
美味しくお腹いっぱい頂きました。

といいつつ、
食事の写真を撮るのを忘れました。
残念。

ですが、デッキにでて、
素敵な夜景の写真を撮りました。

{6500E05F-7C9E-4886-81F6-99B56319819E:01}

横浜ベイブリッジ。
この下をくぐりました。

{9E94FDA6-6AB6-4775-B60D-3C882D28EE82:01}

海から見た
横浜みなとみらい。 

{7B698F40-6414-4CC5-91EB-7ED43B514998:01}


横浜の夜景の遠景。
とても素敵でした。

天気にも恵まれ
満ち足りた時間。

今度は
好きな人と一緒に
乗ってみたいです。

暇があると
ラックとお散歩。

先日ラックと花見がてら
出かけました。

 
 
 
 
わが家の近辺は
桜がたくさん植わっていて
見所がたくさんあります。

幸せな季節になりました。

でも
今日はもう
散り始めていました。

「花の命は短くて・・・」(林芙美子)

人生にはたとえたくないですが・・・


何があっても
前向きに
肯定的に
生きていけたらと思います。

魔の月初。
その上、職場の配置換え等あって
連日おそくまで残っております。

そして
今日
午前中だけ仕事に行って参りました。

職場のしだれ桜。

{15C79205-E46A-4B3E-B18A-1C321FF28845:01}

反対側から撮ってみました。

{32BB2F31-1109-4619-8671-2FDEA46DEF25:01}


今が満開。
私を始め
職員を癒してくれます。

明日は
はんこの晴れ姿のため
午前中は
仕事をお休みいたします。

一カ月ぶりに
着物を着ます。

日本女性に生まれてよかったと
思う時間です。

ちょっとだけ
桜の模様が入った着物。


大好きな着物です

本日
昼間、
けたたましいサイレンが
聞こえてきました。

それが、
私がいたすぐ近くで
鳴りやんだのでした。

道路を見ますと
覆面が通り過ぎ
次の交差点を曲がりました。

「何があったのだろう?」

そう思いながらしばし時が過ぎました。

「近くの信用金庫で事件があったらしい」

そういった声があちらこちらで・・・

私はその信用金庫まで行ってみましたら・・・

信金の前の歩道と
横の車道は
警視庁の黄色いテープで
立ち入り禁止になり
警官が数人立っていました。

その奥のATMコーナーのあたりで
鑑識が足跡を採取している様子が見えました。

テレビカメラも来ていました。

「誰に詳細を聞いたらいいだろうか?」

そう思い
信金に近付いて行くと・・・

ある女性が
立ち入り禁止のテープをかいくぐって
信金に入ろうとしたのでした。

すかさず警官が飛んできて

「何しているんですか?
立ち入り禁止です。
入らないでください」

「でも私、信用金庫に用があって・・・」

その女性はおっしゃいました。

すると
警官が

「事件があったので
今日は使えません」

そう言うのです。
その女性は
素直に従って、どこかに行ってしまいました。

そこで
私が引き継ぎ。

「どんな事件ですか?おれおれ詐欺?ですか?」

そうお尋ねしましたら

「強盗事件です」

「強盗?」

驚きました。
強盗事件とは物騒です。

「引き出したところを盗られたのですか?」

そうお聞きしましたら

「手に持っていたところを盗られました。
あなたも、その肩にかけているカバン、
危ないですので、気をつけてくださいね」

そうおっしゃっていただきました。
優しいおまわりさんでした。

それを職場の人にご報告。

「被害額はいくら?」

同僚に鋭く質問されましたが
私はそれは聞いておらず・・・

それが
先ほど
答えを知ったのでした。

信金入り口付近で客が4300万円奪われる
 <世田谷>;朝日新聞 4月3日(木)


4300万円預けにきていらしたと。
被害額に
とても驚きでした。
ATMから引き出したあとだと
思い込んでいましたので、
100万円単位だと思っていました。

預けにきた
バッグを盗まれたとのことで・・・

だから警官は
カバンを気をつけてくださいとおっしゃってくださったのですね。

気をつけましょう。

怪我がなくて
何よりでした・・・

犯人の早い検挙を祈っております。
32年間放送された
『笑っていいとも』
が一昨日幕を閉じました。

その
『笑っていいとも』
にまつわる思い出が
2つあります。
たった二つではありますが
私にはわすれられない
思い出です。

一つは・・・
私が高校生の時。

その時大好きだった
プロ野球
広島東洋カープの人気者
高橋慶彦選手が
テレフォンショッキングの
ゲストに呼ばれました。
誰からの紹介だったかは記憶にないですが、
あの日、慶彦選手が出演すること
私はなぜか知っていました。

私は
中学生の時から
カープファンで
高橋慶彦選手のファンでした。
その時既に
ファン歴4年目くらいでした。

足が速くて
前向きで
努力家で
笑うと目じりが下がる
そしてかっこいい
その様な慶彦選手が
とても好きで
将来は彼の愛車、
赤いポルシェの助手席に絶対座る!
そう思っていたファンでした。

4時間目の授業が始まる前
私は誰にも何も言わず
そっと学校を抜け出しました。

当時
自転車で5キロの道のりを通っていたのでしたが
私はその自転車に乗って
自宅に帰ったのでした。

そして12時。

私はテレビの前に座り
笑っていいとも!を見ていたのでした。

慶彦選手が出演している姿を
私は目を にして
見ていたのでした。

内容は覚えていませんが
学校を抜けて行ったこと
忘れられません。

慶彦選手の出番が終わったら
すぐに学校に戻り
何事もなかったように午後の授業を受け
放課後は部活を普通にしました。

目立たない生徒でしたので
先生には何も言われませんでした。

友達には心配されましたが・・・
理由をいいましたら怒られました・・・

あの頃
慶彦選手を応援しに
後楽園球場(現東京ドーム)
神宮球場
横浜球場に
どれだけ通ったか・・・

慶彦選手に会いたくて
大学生になった時
後楽園球場で
球場案内のバイトをしました。

彼らと同じ関係者入口から球場に入って
2年間仕事をしていましたのに
結局彼に会えたのは1回だけでした・・・

それ以外に
素敵なことはたくさんありました・・・

O十O年たっても
忘れられない思い出です。

さて
O十O年経って
親しくなった方が
(ちょっとテレビに出ている有名人)
現在慶彦さんと親しくしていると聞き
是非紹介してほしいと頼んだところ
「若い歌手を追いかけているあなたには紹介したくない」
と冷たく断られました・・・

彼とは仲良くさせていただいておりますが・・・


『笑っていいとも』の思いで
その1でした。