診察時間前の薄暗い病院に入りました。

この病院は診察開始が9時なので、それより前に中絶手術をおこなうようです。

―8時に来て間に合うということは、そんなに時間のかかる手術ではないんだな―

すぐに中絶承諾書を提出するよう言われ、男性側の署名がない中絶承諾書を渡しても何も言われませんでした。

トイレを済ませ、個室に案内されます。

その個室は、診察で使う内診台のある部屋と繋がっており、ドア一枚で仕切られていました。

手術のイメージがわいていなかった私は、内診やエコーで使う内診台にて、中絶手術をするとは思っていませんでした。

用意された着替えとパンツをはくように、言われました。

パンツは、履いた後でも簡単に脱げるよう工夫されているものでした。

堕ろしたくなかったけど、もうどうしようもありません。諦めるしかありません。
ここにきて、

“手術やっぱり止めてください”

なんて言えないし、仕方のないことなんだと自分に言い聞かせるしかありません。

ベッドで横になってると、先生がやってきました。

点滴をするために腕に針をさすのですが、私の血管が細いために、うまくいきません。
いつも痛い思いをします。

手術の数日前に行った血液検査時のような震えは、もうおこりません。

心はズタズタでしたが先生に、こう思われたくなかったのです。

“不倫して妊娠したくせに”
“マズイ状況なのに堕ろすのを躊躇しているのか”

だから、普通にするよう努めました。(先生が不倫についてどう思ってるかはわかりませんが)

そして、内診台に通されました。

―ここで手術するの?―

―診察でお腹の赤ちゃんの状態を確認する場所は、同時に赤ちゃんをいなくさせる場所でもあるのか―

―産婦人科というのは、生と死といった真逆のこともおこなう場所なのか―

―産婦人科の先生は、患者の依頼に基づいて、赤ちゃんを産む手伝いをするけど、いなくさせる手伝いもするのか―

そして、台が上昇していきます。

―私の赤ちゃん、ごめんね。さようなら。―

上昇と同時に、先生と看護師さん4人に囲まれました。

酸素マスクを被せられ、血圧を測っているのが見えました。

緊迫感はなく、ドアは開けたままで、その先には待合室の薄明かりが見えました。

そのフロアには、先生と看護師さんしかいないのはわかっていますが、足を広げている私からすると、ドアは締めて欲しかったです。

―ドアを締める気遣いが不要なくらい、簡単な手術なのか…―

2階建ての病院なので、2階には新生児と一緒にママさん方が眠っています。

私と反対の状況。
誕生したばかりの生命がもたらすエネルギーに満ちた、眩しい世界。


―キツすぎる―


先生の指示で看護師さんが、私の右側で何かをしました。

その途端、点滴の針のあたりからピリピリ強い痛みと舌の奥の方が痺れる感覚がありました。

先生の

『痛いですよー』

という言葉を聞いて、私は麻酔による束の間の眠りにつきました。