4月のお話・・・
 
昨年10月にブログを開始して初めてほとんどブログ記事を書かなかった
(書けなかった)
29年4月のお話になります。
 
でもちゃんと写真は撮り納めていました。
今更?
でもさかのぼってこのブログ初めての鹿児島探訪記を記しますね。。。
 
私は日本全国ありがたいことに仕事で全国いかせてもらっていますが
本当に久しぶりに
4月に鹿児島に訪れたのです

今回は鹿児島カフェ探訪はできませんでしたが、その代わり?
鹿児島で絶対的に有名な白熊をご紹介したいと思います。
 
一般的に「白熊」とは、削りたての氷に練乳をかけ、フルーツや豆類を盛り付けたかき氷の事を言います。鹿児島を中心に、今や南九州の夏の風物詩として、多くの人に知って頂けるようになりました。
このページでは、天文館むじゃきの白熊の事をより一層知って頂くために、その特徴などを掲載していますので、ぜひご覧下さい。

 

「白熊の歴史」

戦後間もない昭和22年、弊社創始者”久保 武”によって考案され、昭和24年に販売を開始いたしました。 
当時は、白蜜、赤蜜をかけたみぞれ、蜜かけのようなシンプルなかき氷でした。
イチゴにミルクをかけてみるとおいしかった事にヒントを得て、氷に練乳をかけてみました。
しかし、それでは甘すぎるので、改良を重ね、独特のさっぱりとしたミルクに仕上げました。
また、彩りを加えるために、洋菓子の感覚で中にさいころ形の果物や、十六寸(トロクスン)豆を入れ、外側に、アンゼリカ、チェリー、レーズンをトッピングし、 現在の『白熊』のベースとなりました。

上から見ると、チェリー、アンゼリカ、干しぶどうの配置が動物の白熊の表情に似ていることからその名前が付きました。

天文館むじゃき本店では、毎年6月に開催される“白熊誕生祭”にて、その当時の白熊を再現し、皆様にご高評頂いています。この時期に鹿児島にお越しの際には、ぜひご賞味ください。

(http://mujyaki.co.jp/shirokuma/about#shirokuma_history より引用)

 

 

この鹿児島名物「白熊」の発祥のお店
むじゃき があるのが鹿児島の繁華街「天文館」
 
では、この鹿児島の繁華街「天文館(てんもんかん)」の名前の由来は何でしょう?
って
自分が知りたいがためにブログを書くついでに?!
記しているんですけどね(笑)
 
ありましたよ・・
天文館の名前の由来
ちゃんと天文館の通りにこうして・・・
 
 島津家第25代当主重豪が、天文観測や研究のため、安永8(1779)年に明時館をたてました。館には4メートル四方の観測台を築きました。
 明時館は天文館ともいわれ、現在の天文館通りの名もここからきています。
 
藩内の暦はすべてこの明時館から配布され、薩摩暦とか鹿児島暦といわれました。
 
このあたりは、当時、石垣をめぐらした武家屋敷があり、迎賓館にあたる御舂屋、花岡屋敷、日置屋敷などがありました。
 (出典:「鹿児島市の史跡めぐりガイドブック-四訂版-」鹿児島市教育委員会・平成11年3月発行)

 

やはり鹿児島県といえば、「島津」
島津
薩摩藩
明治維新
 
絶対的強さを誇った島津藩
輩出した名刺維新の偉人も
西郷隆盛
大久保利通
2大巨頭がいますもんね。
 
鹿児島市が凄いなと思うのは通りのいたるところにこうして歴史上名を遺した偉人達の
銅像が普通にあるところ。
 
https://www.kagoshima-yokanavi.jp/rekishi/ijin/065.html

 

上の写真はその中でも

「重豪、薩摩の科学技術の礎を築く」(天文館・ぴらもーるアーケード)

安永8(1779)年、島津家第25代当主島津重豪は天文台の明時館(天文館)を設置し、

薩摩暦を作成しました。

重豪はそのほかにも藩校造士館や医学院などを創設しました。

その先進性は第28代斉彬に継承され、明治維新への基礎を築きました。

重豪は自らも家臣(水間良実)と共に天文について語り合いました。

 

薩摩暦

独自に暦も作成していたんですね。

薩摩藩は薩英戦争を起こしてみたりhttps://rekijin.com/?p=16603

この戦争から欧米文明と軍事力の優秀さを改めて理解し、イギリスとの友好関係を深めていったり・・

 

薩摩藩の独自路線

今でも鹿児島県は独自の路線を歩む姿勢として残っている

そう思うのは私だけでしょうか・・・

 

 

 

鹿児島の仕事会場
宝山ホール(鹿児島県文化センター)

 

南国らしい植物が・・

近づいてみてみます。

 

何気なくある石は
桜島の溶岩でした。
 
会場の目の前には西郷隆盛の銅像が。
私にはと今日・上野の西郷隆盛像が馴染みがありますがやはり西郷さんも
生まれ育ったここ・鹿児島に建っているのがふさわしいし嬉しいでしょう・・
 
西郷さんってどんな人?
1827年12月7日、鹿児島城下の下加治屋町(鹿児島中央駅近く)で生まれ、薩摩藩士、軍人、政治家として幕末・明治維新で活躍しました。
西郷さんが愛される理由の一つとして、人間性があげられます。
座右の銘としていた「敬天愛人」は。
「天は我にも人にも平等に与えてくれている。天は人の道のことである、展を敬う地うことは、自分にも他人にも平等であるということであるから、自分を愛するという心をもって、他人をも愛しなさい」
という意味があります。
 
と書いてあります。
 
西郷さんは地元鹿児島でも日本全国的にも愛嬌があり広く愛されていますよね。
それに
「2018年(来年)のNHK大河ドラマにも決定しています☆」
https://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/2000/265889.html

 

でもでも

私は思うのです。

 

深く詳しく知らないけれど

西郷さん同様、地味だけれど愛嬌はないけれど

同郷の大久保利通も評価して欲しいと。

 

私は愛嬌があって表にたって目立つ人も好きですが

それと同様に

影で細かくて気づかれにくいけれど厳しく自分の身を削った人も好きで評価すべきだと

思っています。

 

現代の社会でもそうです。

タイプ違えど評価されるべきです。

私は自分の存在価値は

「そういう2つのタイプ両方を理解し、共感しその両者を結び付けることができる(と信じて諦めじ行動する)ところだと思っています」

 

歴史を学ぶことは
「愚者は経験から学び、剣じゃは歴史から学ぶ」
それに尽きると思います。
 
とは言ってもやっぱり人は自分が実際経験するのが唯一にして最大だと今でも
いや、今なおさら一層そう思ってもいますが。
 
そんな歴史や自分の40年間の人生経験を振り返りながら仰ぎ見る桜島
 
この日は噴火もせずおとなしい桜島でした。
 
最高に美しい姿を見せてくれました。
自然は時に美しく
自然は時に厳しい
 
両面あるのは人間も全く同じですよね。
それをどううまく受け入れて付き合っていくか。
 
課題です。
鹿児島市にはこうして桜島の火山灰を捨てる場所が至るところにあります。
ゴミ収集場ですね
 
JR新幹線も停車する鹿児島中央駅
その向いにこんな大きな看板があります。
「だいやめで きばいもんそ」
意味分かりますか?
だいやめ→晩酌
きばいもんそ→頑張りましょう
 
ですから
「晩酌をして頑張りましょう」ですね(笑)
 
鹿児島にせっかく来たからには薩摩黒豚を食べないと気がすみません♪
 
会場すぐ近くに評価の高いお手頃薩摩黒豚とんかつの食せるお店がありました。
黒かつ亭 くろべぇ さんです。
お得なランチ♪
黒べぇさんいちおしの黒豚のロースとひれが味わえる黒かつ亭ランチ
970円をオーダーしました。
 
お肉は面がきれいに見えるようカットしてあります。
柔らかくて甘いです!!
 
お塩をつけて食べるとその甘味が際だちます。
鹿児島にきたらランチはぜひこちらで食して欲しいです。
 
また、鹿児島でお仕事つくって鹿児島を堪能したいです。
以前はよく鹿児島にも来ていたのです。
 
鹿児島の建設業の皆様
「是非セミナーに来てください!お待ちしております(笑)」