看護をしてて、よく考えることがある。
80歳超えたおばぁちゃんにそんな辛い治療
受けさせる必要、ある?
って。
どこまでが必要な治療で
どこからが延命治療なのか
医療が発達した今、その線引きが難しくて
認知が進んで自己決定ができない老人に
家族が「できる限りの治療をして下さい」
って言うことはよくある話で。
治療を続けてもよくなる見込みはなくて
それでも家族の希望に沿って治療を続ける
苦しそうで辛そうな患者を見て
あたしはいつも胸が痛む
患者本人は
本当にこの治療を望んでるんかな、って。
少しでも長く行きて欲しい
そんなの家族の勝手なエゴじゃないかな、って。
だからこそ、あたしは
もし自分の家族にその選択が強いられた時には
DNRを希望しようと思ってた。
8月中旬
ママに呼ばれてばぁばの入院する病院へ行った。
病状説明を聞くために。
じぃじが亡くなってから9年
ばぁばの認知は進んで、今や寝たきり。
施設に入所したけどご飯が食べられなくなって
脱水による発熱で入院した。
じぃじが亡くなってから、ばぁばの口癖はいつも
「じぃちゃんところに逝かせて。」
だった。
病状説明の内容は
あたしの思った通りの内容だった。
もうご飯を食べる気力がないばぁば
言わば、老衰。
延命を希望するなら
・中心静脈栄養
・胃瘻
看取りを希望するなら
このまま末梢の点滴
家族で話し合って決めて欲しい、って。
あたしは、迷わずこのまま末梢点滴を希望した。
じぃじのところに逝きたがってたばぁば
ご飯が食べられなくなったら、
それは人間の自然な寿命
このまま見守りたい、って。
けど、パパやママ、親戚のみんなは違ってた。
何もしないなんて、かわいそう。
結局、なかなか決まらず、
親戚をみんな集めて
実家で話し合いをすることになった。
その話し合いの最中
病院から電話があった。
ばぁばが心配停止だと。
みんなですぐに病院に向かったけど
ばぁばは既にじぃじのところへ
逝ってしまっていました。
とてもとても、安らかな顔してた
息を引き取る瞬間、
一緒にいてあげることができなかったことは
とても悔やまれるけど
あたしは、これでよかったと思ってる。
苦しくなかったんだもん
痛くなかったんだもん
じぃじのところにやっと逝けたんだもん
9年前
まだ学生で何もできなかったあたし
亡くなったじぃじの身体を拭くことも
おぼつかなくて
看護師として7年経った今
あの時より確実に上手になったでしょ?
そう、天国のじぃじとばぁばに話しかけながら
あたしは死後の処置に同行させてもらった
いつも他人行儀で見てた延命治療の選択
初めて、身を以て体験して思ったこと
置かれる立場
その人との関係性
今までの経験
価値観や考え方
いろんなものが影響して
選択肢は大きく変わる
延命治療の選択は本当に難しい、と。
ただ、忘れて欲しくないのは
誰のための延命治療なのか。
何が患者にとって幸せなのか。
生きてて欲しいと思うのは、当たり前。
だって大事な家族だもん。
大事な人のために
大事な人のことを思って
決断したことなら
天国へ逝った時は
「ごめんね」
って泣くんじゃなくて
「ありがとう」
「お疲れ様」
って笑ってあげて欲しい。
本当に本当に難しい
あたしもまだまだ半人前だと思った
看護師としても
人としても。
END