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プルートの世界

ほしとわたしと
それからこころ

精神世界や占星術
日常の日記として
更新しています

やるかやらないか、という選択のときに

やりたいけど不安とか、やりたいけど大丈夫かな、とか

やりたいのかやりたくないのか

どっちなのか、と自分のことながら混乱してきた

のでここでつらつらと書きながら整理させてもらとうと思う次第


場所だけ仮予約してあるけど、本予約が済んでいないため、

直近の日程は無しにもできる

という選択の余地、余裕があるせいか

いや、状況的には余裕はないのに

その選択の余地があるために迷いが生じる

いや迷いというより甘えか


世間では

やるしかない状況になればやれるもんだ

とか、はたまた

だめと言われてもどうしてもやりたいと思うこと、それくらい好きなことをやることを推奨してたり

考え方やこういった理論は人様々、生き方のように違うんでしょうね


で、わたしはどうなんだ、と自分に問うてみる

やりたいのか、やりたくないのか

やるしかないのか、やらなくてもいいのか


いや、これを打ってて

やるしかないのか、やらなくてもいいのかと問うならば

確実にやるしかないというか、、

やらなくていいわけない✋と自分にツッコミが入った


そうか、やったほうがいいか、やらないほうがいいか、と言えば、やったほうがいいということがわかった。


じゃあやりたいのか、やりたくないのか、どうなんだ


いま感じたことは

とてもやってみたい、けど、めんどくさい

!!!笑

めんどくさいって、、、


自分にあちゃーなキブンになりました。。


そうかーめんどくさいのか

何がめんどくさい?


手続きやら、当日の子守や心配などや

来てくれるかな、やって大丈夫かなという不安や

ちゃんとできるかな、とか


ようは楽しいよりも不安や心配などに押されて

純粋なやってみたいが、そういった感覚に支配されてました


ネガティブなものと受け取りかけましたが

決して邪魔しようとしてるわけじゃなくて

わたし自身を守るため、保護するために働いてくれてることも理解できました。


やったことないことをやるという

たとえどんなことでも未知の領域というのは

生命の危機や自分をおびやかすものはないかと

無意識に自分という存在を守るためガードが働く

それが心配や不安となって感覚にあらわれる

行くては安全だろうか

身の危険はないだろうか、と

スタスタと行ってしまわないように待ったがかかる


そして大丈夫だろうかと慎重に念入りに進むよう即される


そう、行くなと言ってるわけじゃない

安全を確認しながら渡るようにと言っている


慣れた道だって、事故が起きるのだから

いや慣れた道のように、注意や意識することを怠ると簡単に事故が発生するのだから

慎重に渡ることを即されている


不安や心配はそういった警戒を使って護っている

だから世にいうやりたいことをやって生きると素晴らしい世界が開かれると言わんばかりに

好きなことをして自由にキラキラと輝く様子を見せてるのは違うな、と思った


好きなことをして生きるって

決して我慢して生きるよりよっぽど大変だ


これは人によるのかもしれないですが

たいていの人はそうなんじゃないかとも思えました


長年馴染んだ居場所や生き方を捨てて、新たな場所や境地へ向かうことは

そんなキラキラとしたもんなんかじゃない


不安や恐怖、いろんな葛藤や生みの苦しみをともなって

力をふりしぼるように進むのだと思う


いとも簡単に楽しくキラキラと進めるならば

それだけの浅さなんだ、とも思えてしまった


抵抗があるのは悪いことじゃない

大きく進もうとするならば

摩擦という抵抗が生まれるのが実際の科学でも言われる自然の摂理


であれば人間だってこの自然という地球で生きるのだから

きっと同じこと


大きく変わろうとすればするほど

摩擦も大きくなる


そりゃそうだいまある現実を創り変えなくてはいけないのだから

どうしたってそこには負荷や労力がかかる


だから心配も不安もめんどくさいもあって当然のことのように

それとともに乗り越えなくてはいけない

一緒に連れて戦友のように進めばいい

そのネガティブと戦うのではなくて

同じ行き先のために援助してくれていることを理解して進むこと


、、、と。

それはわかった。解ってよかった。ありがたい

ネガティブ、ありがとう👐



では本題に戻って。

やるのか、やらないのか、どうなのか。


やりたい、、


開催をしたいけど、やっぱりもう少し時間をとって考えて練ってやったほうがいいんじゃないか

こんな直近でやっていいのか、できるのか、大丈夫か、という不安

タイミング的にベストがどうか

どちらが最善か、、


と頭で思考がごちゃごちゃ言う


じゃあ、そういう理屈や考えは抜きにして 

純粋にやりたいか、やりたくないか

で行ったらどっちだ


あれこれ考えずとにかく一度やってみたいのか

やっぱりもう少し時間や準備して計画をして挑みたいのか



、、と打ちながらハッと思ったんですが


わたしは計画とかせずとにかく行ってみる、やってみるという進んでみることが合ってるタイプだったじゃないか!と思いました。


宮古島に行こう!と前日の夜に思い立って飛行機だけ予約して数時間後に車で成田へ向かい、宮古島の空港に着いて宿を探して、、とその何も決まっていないまっさらだからこそ、生まれた貴重な貴重な出逢いと時間とあたたかな体験。。

人生で一番ともいえるくらいの人とのつながりでの深い深い心の浄化

自分ひとりで心をときほぐすことはその当時たくさんしていましたが、

人とのなかで、人と関わることでの深い心の浄化というのははじめてで。

それがしかも会ってすぐのはじめましてで。


あ、はじめましてでもうひとつ思い出した。。!

わもん!これも自分の心と向き合ってた時期に

人と一対一でお互いに交互に数分ただただ自分の話したいことをひたすらに話す、という

その前提はあれど、なにを話すか、相手のなにを聞くか、というのがまっさらな状態で起きた出来事。

これも心の浄化ですが

なんでも好きなことを話していい、そして聞く方は自分の意見や否定などは一切せずに、ただただ傾聴すること、というルールはあったので、

わたしはそうなるとついつい普段抱えているけど話せない自分の心のことをぽつぽつと話した

うまく話せないし、何を話すかも考えているわけじゃないからそのときに出てくる言葉をとまったりしながらもゆっくり話し続けた

そしたら不思議なことに、自分で自分の悩みといか抱えていた内容に答えというか結論というか、自分の全てを受容できるようなそんな感覚にたどり着いて

これもほんとに不思議だなぁと思って帰り道も運転しながらひとり号泣するくらい心の浄化が起きてたなぁ


と、、そんなことを思い出してたら

やっぱりわたしは決めないという枠のないことでの可能性や無限性を大事にしたい、

というか、それが結構わたしの人生というか魂的なテーマのひとつかもしれない

と感じました。。


そうだった、枠とかルール、そもそも嫌いだし☆♪

そういうのを不自由に感じてしまう

よくイベントとかも、規定が多かったり厳しいとなんとなくげんなりしてしまう

それなのに自分が開催する立場になって

あれこれどうしようか、と考えようとするのだから

そりゃめんどくさい、になるよね。。笑


やっぱり、自由がいい !


自由ってでも楽とかキラキラじゃない

自由には自由のデメリットもあるはず

開催する側ならなおさら

でも自分が参加する立場としてその不自由さを感じるんだから、自由やゆるさを大事にしたい。


、、となったら、なんだか心がかぁるくなった。^ー^


やっぱりはき出すって大事ね。


、、と打っていたら、それだ、!とも思った


はき出す場所

それがいい!


わたしがほしい場所のひとつ。

これだぁ☆

なんかつかめた感覚。


わたしがなにか施すとか提案とか

占星術しようかとか足つぼしようかとか

なにかそういう来てくれるためのアイデアをあれこれ模索してましたが、

そうじゃない!!


来た人が自由になにかを差し出す場所

話したいことがある人

披露したいものがある人

余り物を抱えている人

物質か非物質かも自由に越えて

心のうちをさらけ出すのも

なにか物を差し出すのも

踊り出すのも

なんでもオッケーとかあったら、個人的には楽しいなぁと思いました


でもなんでもオッケーのあたりから、

そんなことしてたらカオスのような混沌としたことにならないか

調和的になれるのか

来た人が不快になってしまわないか


という不安、心配がわきました


たしかに。

多様性ってそれが不快に感じたとしてもそれが多様性だからと個人を尊重されればそれ以上どうしようもないような難しさがあると感じるのだけど

そのへんはどうなんだろう、、


嫌なものは嫌、と伝えられることも大事かと

我慢のうえに成り立つ多様性は自由じゃないもんな


多様性ってどんな世界?を次テーマにしよう。