以前、25才ごろに宮古島に一人旅に行ったときに
伊良部島の浜辺で井戸端会議するおじちゃんたちに
仲間に入れてもらいました。
近くを通ったら、おいでおいでと手招きしてくれて
沖縄なまりで会話するなか、
ひとりのおじいちゃんは、ウチナーグチ
いわゆる本土の標準語も話せる方で
そのひとが、
ある話をしてあげようね、と優しい語り口で
数年前に出逢った一人旅していた子を
面倒みてあげた話を話し始めてくれた。
その旅人は海辺でテントで寝泊まりしてパンを食べて過ごしていたところ、おばあと2人暮らしのそのおじいは、家に招いてご飯をふるまって泊めてあげたと。
今度来るときには彼氏も連れてきなって言ってさよならしたんだけど、そしたらその子は泣いちゃってね。
そのあとほんとに連れてきてくれたんだ、って。
あなたも一人旅して明るく返事してくれて、とその時のことを思い出したらしい。
内容はなんてことない昔話なのに、おじいが語り始めたら
おじいが醸し出す真底優しい空氣感からなのか
悲しいとか嬉しいとかじゃなく なんか左目から涙が数滴落ちた
なんか心の深いところでなにかをキャッチしているような
歓喜しているような
不思議な感覚だった
そうしたら、また明日もここに来な、
おじいの軽トラで島を案内してあげるよ
と、、
そして井戸端会議は解散しとっくに他のおじいたちは帰っているなか
夕暮れどき海辺の写真を撮る私を心配して遠くから帰らずに見ててくれて。
もう暗いからきをつけて帰るんだよ、道は分かるかい?
と、
分かりますと言ったのだけど、
早道を案内してあげるから後ろをついてきな
と言って、原付きバイクのわたしの前をしばらく軽トラで先導してくれた
とてもあたたかくて、心から純粋な優しさを感じる貴重な体験だった
おじいの軽トラと別れたあと、
なぜかすごく感情が込み上げてきて、
海辺の夜道をバイクで走りながら、大号泣
あんなに泣いたのは始めてか、幼児期以来か
ってくらいにひとりバイクなのをいいことに、伊良部島の夜でひとけもないから遠慮せず
声も涙も思う存分に出し切ったら
とても清々しかった
わたしは、おじいの優しさに触れて
なにか心の中が動いたみたいで
なんか自分のなかの人という認識が壊れたというか
癒やし、癒やす、ヒーリングとか、
そんな仕事としての人への施しはたくさんあるけど
ほんとに心から癒やされるときというのは
そうやって癒そうとしたり癒やされようとしたり
そんな力の加わったときじゃなくて
なにかそういうパワーを持っている人とかじゃなくて
すごさも偉さも微塵もない
ただの心からの優しさ
でもそれを持つことがきっと難しい現代
一人ひとりが精一杯生きていて
なかなか余裕がなかったり
必死ななか
そうやってただ優しい在り方ができているひと
しかも至ってごく普通な生き方として
それができてるって、
なんか優しさの深さを感じました。
優しい風に話すひとはたくさんいるけど
こんなに純粋に優しく在れるって
すごいなぁと
たった二日間の数時間のおじいとの出逢いですが
わたしの中では、人生で一番とも言えるくらいに
とてもとても思い出深い体験と出逢いで
帰ってきてからも何度か電話をもらったんですが
スマホを変えてから番号が分からなくなってしまって、
でも数日前にノートに書いてもらってた番号や住所が見つかって、
何年かぶりにかけてみました
正直、出逢ったときにすでに87だかもうお年をめしてたので
もしかしたら、とか思ってしまって、、
でもかけてみたら、呼び出しされたので
電話は使われてるんだ!!と嬉しくなりました
つながらずにお話はできなかったですが
電話番号が今も使われてる、その事実だけでも充分に心が満ちました
忘れぬようメモでした