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プルートの世界

ほしとわたしと
それからこころ

精神世界や占星術
日常の日記として
更新しています

やっぱり占星術とかそういう宇宙データも楽しいけど、

そのデータさえ感覚がすべて知っていると思う話です


わたしは10代20代、物心ついたころからなんとなく結婚したいとかそういう願望があまりないことに氣付きました


別に結婚できずに一生終えてもいいという感覚でいました

でも頭ではそう思うけど、じゃあ結婚せず人生終えると思うかというと、いずれは結婚するんだろうなぁと思っていたり、30才以降に結婚の氣配も感じていたりしました

あとは結婚せず人生終えることはいいけど、こどもを授からずに終える人生はいやだなぁというのは思っていました。

こどもとの縁はなんとなく強いように感じていました


なので結婚するとしても20代は無いな、という感覚で

それは単純にそんな早く結婚したくないし、

20代の自分には結婚は無理だし、そんな余裕ないし、

心的にも自分のことでいっぱいいっぱいなのが目に見えてるというか、、

無理!というこの二文字に尽きる感じでした。


周囲からは早く結婚相手探したら〜だったり、いい人いないの〜、と結婚を早くすることを勧められたりはよくありましたが、

わたしにとっては、いったい何故そんなに早く結婚すると良いんだろう、

なんで皆そんなに結婚を早くしたいと望んだり、早いほうがいいと焦るんだろう?と、内心に不思議さはありました。

世間的に結婚イコール、ゴールだと言われてきた、女の花道のようなイメージがあるからというのはなんとなく分かるんですが、

だからといって結婚したい、っていう感覚になるかどうかは私には結びつかないので、疑問だったりしたんですが、


でもそれこそ、その早く結婚したいという感覚や、

わたしのようにしたくないという感覚も

すべてどちらが良いとかじゃなく、

その感覚こそが、宇宙データともいえる深いところからの自分の答えなんだと思いました


というのも、アガスティアの葉(インド占星術)を開いたときに私の結婚の章では

30〜32歳に結婚の星まわりに入ると出ていて

それを聞いたときに、すごく納得というか

やっぱりね!と思いました。

20代は魂のプラン的に結婚はそもそも組み込んでいなかった、だから結婚に関して微塵も興味関心がなかった20代。

周囲の子たちが結婚して幸せそうな素敵な結婚式を何度みさせてもらおうと、結婚したいなぁという感覚はわかなかった

感覚ってすごい、忠実だなって思う。


そして結婚にあんまり執着はないけど、遅めならありかもと思ってた自分にとっては、そのアガスティアの葉の結果はすごいフィット感でした


(なによりなにがすごいって、結婚相手となるであろうお方の詳細が当時好きだったひとそのものすぎて、驚きました。。)


なので、たぶん早く結婚したひとや、早く結婚したいって思うひとは、

早く結婚するプランを持っているからこそ、感覚がそれを駆り立てるのかもしれないと思うんです

結婚したいけど、できなくて苦しむという場合はそういうテーマ課題をなにか携えているかもしれないですし


それで言うと、こどもを授かりたいけど授かれないもそうですが

わたしは、こどもを人生で一度は産みたいなと思っていたのですが、

自分は授かれなくて悩むというテーマは無いだろうな、というか、産めるという根拠のない自信があったというか

私はポコポコこどもを産みそうだと言われたりしました

こどもを授かれないかも、という選択肢が無いという感覚に近いかもしれません


なんか感覚って分かってるんですよね

自分の人生を深いところで察知している


これはしたくない、という感覚があるなら

どんなに周りがお勧めすることでも、やらないというのがきっと自分の魂的な答えなんでしょうし


周りから反対されててもどうしてもやりたい、氣になるならそれが答えで


頭で難しく考えるとなにが正しい答えなのか、正解が分からなくなったりしますが

シンプルに、自分の感覚としてはどう感じているか、

が一番深いところからの答えのように思えて

それが結局は占星術とかやると、同じように答えが目に見える形で分かったり、感覚と同じ答えがしめされていたり、、

というのもこれまで有りましたが

なんか感覚からの答えに不安で占星術とかでもどんな感じかな、と答え合わせ的に見たりするわけですが

結局大概は背中押されることが多いんじゃいかなと思うんです

その感覚で合ってるよ、と。

もしくは不安や心配があって占星術を見る場合は

なにか注意点が隠れていたり


なんか引っかかることは、感覚がそのテーマに引っ張られているから氣になるんでしょうし、

スムーズにいく物事ならそもそも氣にもとめませんもんね


わたしのこどもを授かる授からないのテーマでいえば、

わたしがもし授からないかもしれないと不安があったり、授からないという現実に苦悩する現実課題があったとしたら、

それはもしかしたら、そのテーマを通して自分の身体と向き合うことをする魂プランがあったり

旦那さんと絆を深めるとか、魂の設計図は色々だと思うんですが

やっぱり悶々として引っかかるところというのは

なにかそこに魂からの計画的誘導を感じるなぁと思ってしまいます


だから悩みも闇もネガティブも

その苦しさは大事なのかなと思います

むしろ魂的には大成功中ともいえる輝かしき道なのかもしれません

自身はつらく苦しくとも、魂は大喜び、、のような



結局いつも最後は闇が大事とかそんな結論に至ってしまっている氣がする。。

いまのわたしは闇を大事にしろということなんでしょうか

自分のことがいちばん難しい、けど面白い。