社会とはなんだろう



広く、人間の集団としての営みや組織的な営みのことを指すであろうことは
分かりやすく明確な答えであろう



社会というものに意思はない


そのくせ社会というものは決定権を行使してくる



例えば



定められた出勤時間

定められた出勤日数

定められた仕事内容



たとえ体調が悪かったとしても


そう簡単に、休みはもらえない



社会の歯車としての責任を持つのならば


37度5分の微熱などで休みますなど

到底言えたものではない



明らかに無理な日程を組まれたとしても

契約時に交わした契約書がある限り

それに沿った働きをしなければならない



たかがアルバイトだとたかをくくるのも悪くはないが


本当に社会に出た時に必要とされる
忍耐力を
今つけずにいつつけるというのだろう


いわば今は修行期間なのだ





社会はそんなに甘くない




よく聞く言葉だ




その言葉を馬鹿にしていた頃もあった




だが、就活をはじめて

社会に出て働くということを
身近に感じはじめて


今のままの脆弱な私は社会でやっていけるのだろうか?

という不安と疑問を抱いた



本音を言えばいつまでも社会などには出たくない

社会の歯車としてこき使われるのも心底嫌だ


だが、生きていくためには

社会からは逃れられないのだ


いずれは必ず
大学という狭いコミュニティから吐き出される時が来る


そこで待ち受ける

膨大で、強大で、厳格な社会に

我々は飲み込まれていくのだ




社会の漢字を逆にすると

会社という文字になる




浅はかな大学生の、いちイメージではあるが


社会とはイコール
会社というイメージが強い


つまり、社会に出るということは
会社で働くということ

もちろんそれだけではないのだが

独立した一個人として

国民の責任を果たすということなど


言い出したらキリがないだろう




ぐちぐちといろいろ言ってきたが
私はこういう小難しい話は苦手なタイプだ




つまり何が言いたかったかと言うと











体調悪いからアルバイトを休みたい








と言うことだ。


正義感と責任感というものは往々にして持つものではないな


そのせいで私は断るということが容易にできない人間に育ってしまった


長々と語っていたらアルバイトの時間になってしまった



まったくもって

人材不足の会社で働くものではないな


シフトの穴埋めを必死にこなす私を
もっとねぎらってもらってもバチは当たらないのではないか




あぁ、空からお金が降ってくればこんなブラックアルバイト
すぐにでも辞めてやるのに