これが、わたしのやりかたです!
ってだけでね、
一人一人やり方があると思うから、
わたしが最近やってみた、
自分の感情を受け止めるやり方と、
そのなかで感じたことを書くね!


トイレ、お風呂、
ちょっとした空き時間みたいな
ふとしたときに、
「いま、どんなきもち?」
って、自分に聞いてみる。

それで、そのこたえに、
「○○なんだねー」と、共感する。
そこに、意味付けやジャッジはしない。

無意識に外に自分の意識が
向かってるなーと感じたとき、

バタバタすごしていたあとに、
ほんの、数分でいいから、
深呼吸して、
自分のからだに意識を向ける。

なんどか深呼吸をして、
そのときのからだの調子を感じる。

深呼吸してるときの呼吸が、
からだの、
どこを流れてるかなーとか、
かんじるとおもしろいよー!


スマホを見る時間を減らす。
私の場合は、
なにかおわるたびに、
スマホを見る習慣があって、
しかも、SNSをめっちゃみててね。

SNSは、自分の好きな人やものしか
ないのだけれど、やはり、
常に意識が外に向きやすくなる
要因でもあるなーとおもったよ。


だからね、何となくスマホを見る
のをやめて、
スマホを見るって決めてから見るの。


竹島の龍神の松😊しぜんがすき💕

そうやって、
意識して自分のことをかんじる時間を
つくるとね、

不思議と、思ってるより、
怖くないよ。さみしくないよ。

さみしいも、こわいも、
感じないようにしてると
大きくなるのに、
感じるって決めると
最小限になるよ。


自分の嫌な面ってあるよね。
わたしだったら、いまだに、
異性に「わたしをみてー!察してー」
って、かまってちゃんになるときがある。

これ、無意識にやっちゃうんだよね。

で、そんな自分を責めたくなるんだ。

だけどさ、
その無意識にやっちゃうのって、
習慣からきてたり、
そういうふうな愛され方しか、
経験してないだけだったり、
子どものころそれができなかったから、
やりたいのかもしれないよね。

こどものころ、
「まま、ぱぱ、みて!きいて!あそぼ!」
って、言いたかったけど、
私は言えなかったし、
「なんで、弟は一人で遊べるのに、
あんたは、いつも、まま、ままっていうの?」
って、いつも言われて大きくなったから、

「みて!あそぼ!かまって!」って、
伝えること=嫌われることって
なっちゃっててね。

その感情をやっといま、
出せるようになってるんだとおもうとさ、
それって、嬉しいことだなーって思うんだ。


だから、そんな自分を責めるんじゃなくて、
「そっかぁ、わたしは、
異性に、みて!あそぼ!一緒にやろ!
かまって!かまって!
察してほしくなっちゃうんだなー。」
って、共感するの。

そうするとね、
自分が安心するんだよね。

それでね、
なんでそんなふうに、したくなるのかな?!
って、じぶんをほっていくとさ、

「そっかぁ。わたしは、かまってほしいのね。
わたしは、わたしにかまってほしいのね。」
って、ことばがふとうかんでくるの。



相手に言いたいことは、
自分に言いたいこと。


なんでわかってくんないの?!
って、だいすきな人に思うとき、

あなたは、あなたのこと、
わかってあげてないかもね。
もっと、私のおはなしきいてよって、
サインかもね。

あー離れていかないで
って、相手が離れていくような気がして、
寂しくてたまらないとき、

あなたが、
あなたから離れていくような気がして、
こころの中のあなたが、
さみしいよーはなれないでよーって、
さけんでるときかもね。

どんな感情も、
あなたをつくるだいじなもの。

だから、どんなことをおもっても、
かんじてもいいんだよ。

すきも、きらいも、
いやだも、きもちがわるいも、
最高も、最低も…

すべて受け止めて、
自分のこと守ってあげよ。