私は、小学生時代、読書大好き少女だった。
特に、伝記や探偵小説、冒険物など、わくわくする物語にひきこまれていた気がする。
その中でも、小学生の私が何度も何度も繰り返し読んだため、
貸出欄には、ほとんど私の名前しか書かれていないという、恥ずかしい本がある。。。
というか、他の子供があまり借りないから、私の名前ばかりが羅列してしまったのだが・・・(笑)。
その本の名前は、ジョン・ウィンダムの長編SF小説「怪奇植物トリフィドの侵略」。完全版は、「トリフィド時代」というタイトル。

簡単にあらすじを説明すると・・・

ある夜、流星雨が流れ、世界中の人々がその天体ショーを目撃する。
主人公は、偶然その日、目の手術で入院して目を包帯で覆っていて、流星雨を見ることができなかった。翌日は、包帯を取る日であったため、彼は医者を呼ぶが反応がない。自ら包帯を外してみると、周りの様子は一変していて、誰もが盲目になってしまっていた。
町の中をさまようと、盲目になった人々が街にあふれ、肉食植物トリフィドが人を遅い、侵略しようとしていた。主人公は、目の見える人たちと共同体を作り助け合いながら、トリフィドとの戦いを始める。

といったストーリー。なぜ小学生の女の子が、このような恐ろしいSF小説を何度も読んだのか?ずっと疑問が残っていた。

先日、親しくして頂いている小説家の方に、そのお話をしたところ、その方も小学生の頃、「トリフィドの日」という映画を見て、衝撃を受け、小説を読むようになったという。私は、映画があることを知って、盛り上がり、後日、先生のお宅で、「トリフィドの日」という映画のDVD鑑賞会を行うことになった。

映画は、非常に古いものであったが、それを見るうちに、小学生の自分が、なぜこの物語に引込まれ、何度も見たのかが明らかになった。

世界の終わりのような世の中で、主人公が、子供や女性ら目が見えるもの同士で共同体を作り、お互いに協力し合っていくストーリーなのだが、その戦いぶりが圧巻なのだ。盲目の人たちは、人間特有の醜い争いや行為を始め、全員を助けられる状況ではない。生きていくためには、その時々に、時には苦渋の決断も下さなければならない。もちろん、助けられる人は助けながらも、まずは自分達が生きていくことを優先していかなければ、生き残ってはいけないのだ。目が見える人の中には、全ての人を救うべきだと言う女性も出てきて、主人公を批判するのだが、現実にはそうは行かず、決断をしなければいけない時が訪れる。あらゆる知恵を駆使し、あの手この手で文明の機器も利用しながら、強く助け合って生き残っていく。
小学生の私は、「生きていくとはこういうことなのだ!強く的確に決断を繰り返しながら、合理的且つ人道的に生きていくとはこういうことなのだ!」と、主人公のその力強い生き様に感激しながらも、「今の私のままでは生きてはいけない!」と衝撃を受けたのです。今の自分に足りないものが、ここには書かれている!と、生きていくためのバイブルを手に入れたかのように、何度も何度も繰り返し、むさぼり読んだのだ!それを思い出した。。。

ただし、振り返ってみると、今も自分に欠けている部分は、ほとんど変わっていないのだが。。。(苦笑)。しかし、こういう小説を小学生の多感な時代に読むことの大切さを痛感した。小学校の図書館に置かれていた少年少女世界SF文学全集に感謝。
実は、この本は、今の時代の小学生が読むべき本なのかもしれない。大人であっても、物語に引込まれていくこと間違いなしの一冊だ。

サバイバル時代を、強く生きていくために!


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