さっ旅の記憶が薄くなってきているのでさっさと記録を済ませなくちゃ(2ヶ月半以上も経ちながらなんですが
)
さて、前回の続き。下山した後は登山バス乗り場からほど近い場所でショーを見ることになりました。
張藝謀(ジャン・イーモウ)監督が手がけた原生態(自然そのままの状態)大型実演ショー『印象・丽江』
標高3100メートル、標高世界一の露天劇場とされる玉龍雪山の甘海子がこの公演場所です
説明を引用すると・・・
全角度からの鑑賞を可能にした2500人収容の劇場は、雲貴高原の黄土を象徴する赤色の岩により、12メートルの高さに築かれた。曲がりくねった危険の多い茶馬古道、100頭以上の駿馬、16の郷村・10以上の少数民族による約500名の現地役者によるショー、浅黒い肌をした500人以上のアマチュア役者。
人間による演出は半分のみで、残りの半分は自然の演出によって埋められる。
だそうで、まさにそんな感じでした。なんてったって規模がデカイ
そして、あの高さで息も切らさずあれだけ躍動的に動けること自体凄いです。
私なんて駐車場から会場まで30分くらい歩いただけで息上がってたのに
いやただの運動不足とかではないですよ
ロープウェイあたりから私以外の人の抱っこを拒絶し続けている息子は会場までも1歩も歩かず私にしがみついていたのです
途中夫が幾度も声をかけるも完全拒否。普通に歩いているだけでかなり息があがり、後半はマラソンでもしているかのような呼吸法を取らなければ歩けないくらいきつかった
なんだかと~ってもわかりにくい感じですがエンディングはこんな感じ、笑。
とにかく凄かったです。でも本当に原生態ショーでした。かわりやすい山の天候に左右され…何度も豪雨、苦笑。もちろんそれを見越したショーなので中断などはせず、その天候も取り込んで演じていました、素晴らしい。
さてさて、おおまかな観光はそんな感じ。
専門の土産物屋で購入した干し肉。店の壁に書かれていた絵と夫のあまりにも簡易な説明「牛肉」により勝手に『バッファロー』だと思っていましたが、帰国後それが『ヤク』であり、『ヤク坪』という観光名所が有名であるというこがわかりました。
今回の旅、帰国後自分で調べてあれやこれや合点がいくことばかりです
そして河北省への帰路ですが。。。
①麗江→昆明 ②昆明→石家庄 の2便。乗り換えの時間は1時間半でした・・・が
麗江空港に着くと、「悪天候のため飛行機が到着していません。こちらへの到着時刻は未定です。」と案内が。
ってことは乗り継ぎ便も乗れないかもしれないって事??はい正解。やっと放送された遅延便到着インフォメーションによると3時間遅れ。50分間のフライトですが乗り継ぎの航空会社が別なので一度荷物を受け取ったりを考慮すると完全アウトです
今日中に石家庄に帰れず昆明で1泊するかもということになり…
どっちにしても旅先である私にとってはどちらでも大差はない。別に昆明泊でも大丈夫だよ
と思っていたのは私だけ
そこにいたのは何としてでも今日中に帰ろうとする義父母+夫でした。
昆明に着いて航空会社に対応を求めにカウンターに向かったのは夫。義父は荷物の受け取り、そして義母・息子・私は行きに長時間待った
で待機するよう言われました。
暫くすると義父と夫が晴れ晴れとした顔をしてやって来て「代わりの便を用意してもらったよ
」と満足気な顔をして言いました。
昆明→石家庄は1日1便しかないって言ってたのに代便とれたんだ
聞くと別の航空会社の便に飽きがあり帰れることになったとのことでした。
私「そうなんだぁ。で、何時の
?」
夫「22時。今日中に帰れて良かったね
」
今何て言った
出発時刻が22時とおっしゃいませんでしたか
ってことは石家庄に着くのが1時過ぎで、そこから荷物を受け取ったり車移動だったりで自宅着は夜中の2時過ぎってことですか
じゃ明日の朝便で帰ればいいじゃん
ってか何度も言ってるけど(心の中でだけど)、息子はまだ2歳半なんです
そんな時間じゃ寝る時間が…途中絶対起きちゃうし
結局15時に昆明に着いた私たちは航空会社が仮眠用に用意したホテル(埃が酷かった…)で一時待機し、19時に再び空港へ向かい、代便で帰路に着いたのでした。
機内では、後部座席の年配男性がはしゃいで私の座席に何度も手をかけるので(座席に抱きつくように組んだ手を乗せる)椅子が動いて不快だったので夫に注意してもらったり(方言が強く私にはあまり聞きとれないし苦情を言う程の会話力もない)、おばあちゃんと2人で乗っている4歳の男の子が大声で歌ったり走り回ったりしている上、眠そうな息子のところに来て覗きこんだり起こそうとしたりしたので息子の機嫌がどんどん悪くなり泣きだしてしまったりと散々たるものでした
そしてあまり寝ないまま石家庄空港に到着し、移動で完全に目を覚ました息子は愚図りに愚図りまくった末、3時にようやく深い眠りに着いたのでした
以上、麗江のウルルン旅日記でした。