双極性障害で。公認心理師で。 -47ページ目

双極性障害で。公認心理師で。

双極性障害で2度の離婚、お水、風俗、生活保護、はちゃめちゃな人生を経て、現在、公認心理師で障害者支援の職に正社員として働くようになりました。私の経験をシェアしたいなと思っています。

 わたしが双極性障害と診断がおりたのは、 40歳を手前にしたころでした。


 17、8歳くらいから、ひどい鬱を感じ、初めて精神科に行ったときの記憶は曖昧ですが、きっと母親に連れられていったのだと思います。でも、そのころの記憶は、すっぽり抜けていて。27歳くらいだったかなとくらいしか思い出せません。抗うつ剤を処方されていたと思います。 


 29歳で妊娠が確認されて精神薬は、すべてストップになりました。しかし、そのころの私は、妊娠や結婚が嬉しくてたまらない日々でうつ症状はありませんでした。むしろ、幸せ感に浸っていました。


 それが、出産したとたん、再びひどい鬱に陥りました。私は、精神薬を飲むことによって母乳で育てられなくなるかもしれないことを恐れて、精神科へは行きませんでした。しかし、子どもの3ヶ月健診の際に、保健師かな?にクリニックに通うことを勧められました。






 クリニックでは、感情変調障害みたいなこと言われていました。


 その後、何度かクリニックを変え、今でも通うクリニックでも、初めは鬱病と診断されて抗うつ剤が処方されていましたが、40手前で「治療方針を変えます」と告げられ、双極性障害1型の診断が下りました。そこから、薬のコントロールがされて、ようやく現在50才でとてもできないと思っていた、電車での通勤を続けることができるようになりました。


 ひきこもりの時期があったり、トラブルを起こしたり、メンタルボロボロでも夜の世界で生きていたり、失われた時間が大きすぎて、思い出すだけで、苦しい、恥ずかしい、悲しい、寂しい。

 双極性障害の診断が下され、治療方針が変わって、ようやく少しずつ普通の生活ができるようになりました。今思うのは、なんでもっと早く双極性障害としての治療を受けられなかったのかってこと。私は、20才を超えた頃から躁の自分も自覚していたのにな。


 ここまで長かった。長すぎた。

やっとこれから、自分の人生を楽しんでいこう。