夫、練習用ドローンを買う


夫が今朝、家を出る前に練習用ドローンのお支払いをしていました。

 

そのお値段、56万円なり。(わかりやすく1ドル100円計算。実際は80円ちょっと)
20万から30万円って見積もってたじゃん~。としょっぱなから2-30万円の誤算。

それでもお支払いいたしましたよ。

 

 

事業主心得1:請求書が来たらすぐ払う。

 

 

事業主だからと言うことはありませんが、我が家は請求書が来たらすぐ支払うようにしています。

これは信用を買うという意味でそうしています。
 

欲しいもの、必要なもの、どちらにしろ支払うものなら喜んでさっさと払ってしまった方が、請求書を出した側も気持ちがいいですからね。対人間のビジネスをしていくので、その辺りはきちんとしていきます。
 

私は1983年、京浜工業地帯の町工場に生まれました。

 

戦後、鹿児島から一人出てきた祖父が建てた町工場で、私の父は祖父と、叔父ともう一人か二人雇って働いていました。そのうち祖父は引退し、父は代表取締役になりました。

 

 

あの辺の町工場はみんな1階に工場があり、二階三階は住居になっています。

我が家も例外なく、2階が祖父母、3階が我が家の二世帯住宅でした。

 

なので、父は仕事に行く通勤時間20秒。仕事は1階、事務所はうちの台所。

工場のやり繰りやお金の話はそこで行われていました。

 

90年代、私が小学生だったころ、あの辺りの工場はフル回転でした。

バブル期です。どこの工場も機械が回っていて、土日関係なく機械の音が聞こえていました。

それは私にとっては騒音ではなく、心地の良いものでした。

あのころ父は朝は5時から、夜は11時12時まで働いていました。

町全体がお金持ちで、活気にあふれていたかもしれません。

しかし、泡はいつかは割れるもので、バブルは崩壊しました。

工場の音は週末にはほとんど聞こえなくなり、父の仕事もあったりなかったり。

 

 

当時、まだ小学生で、バブル、バブル崩壊、不景気、言葉はよく聞くけれども、状況はよく把握できていなく、それでも父がよく家(3階)にいるのには気づいていました。

私はそれが嬉しかったけれど、父にとっては不安や焦りもあったかもしれない。

なんせまだ育ち盛りの子供3人を抱える若年夫婦。

 

 

うちの両親はお金の話を私たち子供の前でしませんでしたが、しかし東京の狭い家です。聞こうと思えば聞こえる。それでも母は、子供はお金の心配なんてしなくて良いの一点張り。まあ心配しようにも、心配したところで助けられもしないのですが。

 

それでも、私は幼いながらに何か学んでいました。
 

母が私たちに教えたのか、それとも両親の行動を私が良く見ていたのか、私は、請求書が来たら、確認してすぐに払う。

払う時は喜んで払う。ことを学びました。
#子供は本当によく見ているから
#油断できない

 

父は、母に請求書を渡して、母がすぐに銀行に振り込みにいかないと、ひどく怒る人でした。

母は多少鈍くさい人なので、銀行に行くことを忘れて、父が階段を上がってくる音が聞こえると、「あ、いけない、銀行に行かないといけないんだった!お父さん目を三角にして怒るのよ~」とセカセカと準備を始めていたのも1度や2度じゃありませんでした。
#それでもむっちゃ仲良し
 

そんなこんなで、私は自営業の家に生まれながらも、お金のことは何も教えてもらえなかったけれども、ただ、両親の背中を見て学んだことは大きかったのかもしれない。
#子供はお金の心配なんてしなくて良い。しか言われなかった。

 

 

それは大事な大事な学びで、今回、夫がビジネスを始めたい。と言ったことに対して、いいよ~と言えた基になったのかもしれない。そして、私もまた、夫に頼まれた支払いを忘れ、セカセカとお金の工面をする様子が目に浮かぶのです。笑