こんにちは。美帆です。

 

 

お久しぶりです。

 

 

 

さて、前記事で2000万近くの借金を5年で返した方法(?)を紹介しました。

 

借金は2000万だったんですが、購入した家は2700万円だったんですね。

 

それに色々と法的な事だったり、なんだかんだと手数料で100万円前後かかりました。

 

そして家を買うとなると、家具だなんだと必要になってきます。それまで使っていたのものは、大学時代から使っていた中古も中古品のおんぼろ家具ばかりなので、すべて手放して新しいものを。と考えていました。

 

と言うわけで、なんだかんだと出費は3000万円ぐらいになったんじゃないでしょうか。

 

 

ここで、私たちがいた状況を説明すると、

 

2007年末‐2008年・ シドニー波ビル

私・大学卒業

夫・会社員半年。

婚約ドキドキ

夫・実家から2時間の田舎街で仕事を見つける。入社、引っ越し (男の人は育った場所に戻りたがる…と思う)牛あたま

2008年11月・結婚式 ベル(招待客。夫側:100名強(全員家族) 妻:10人ぐらい(家族と友人笑い泣きナニコレ)

3か月後ぐらい

2009年・ 家購入家 ← ココ

 

 

と言うわけで、家を買うったって頭金はどうする。と言う話ですね。

実は私たちは若気の至り、シドニー時代に何も知らずに車を借金をして購入してしまっていました。

その当時、車のローンの利子はなんと17%滝汗 クレジットカードの利子もビックリな利子です。

 

それもせっせと返していたのですが、社会人半年の夫と、大学出たての外国人(そう、外国人なんです、私)のパートのお給料では、なかなか払い終わらず、引っ越してもついてきました(←そりゃそうだ)

 

と言うわけで、私側の親族からもらったご祝儀は、車のローンの返済に回りました。(オーストラリアはご祝儀がない滝汗

 

でもまあ、ありがたいことに、そのおかげで、車のローンは払い終わったんですね。

これで心置きなく家の購入の事を考えられます。

 

 

家を買いたいにも、ご祝儀の残りと微々たる貯金の合計は100万弱。

 

 

夫は役所に勤めていましたが、安定はしているもののペイペイのサラリーマン。

私は卒業してから半年たった外国人・・・しかもアジア人人口の少ない街。。

とりあえずもらったお仕事は、小っちゃいカフェのパートさん。

 

うーん。どうしたもんかね。

どこかにお金ないかしら~。どうにかならないかしら~。

 

何かあるはず。どうにかなるはず。。モヤモヤモヤモヤ

 

 

ご存知の通り、私はお金のやりくりがなかなか上手なので、その間もコツコツとマイホーム費を貯めていました。

 

でも!たりねー。

 

これじゃあいつまでたってもマイホームなんて買えないじゃないか~。と焦るばかり。

 

 

今考えればなんで、あんなにマイホームを買うことに執着していたのか分からないんですけどね。別にしばらく賃貸でもよかったんじゃね?と思いますが、若かったのでね。タブンその時はそれがゴールだったんでしょう。

 

 

 

そして、ある日、午前中でしたね、夫が仕事に行ってから、ゆっくりシャワーを浴びていた時のことです。

 

いつものように、なんかいいアイデアはないかしらね~と、考えていたら、フッと思いついてしまった。

 

 

私たちが結婚した年、結婚した時期、ちょおおおどリーマンショックで大変だったんです。GFCですね。

あの時、日本円とオーストラリアドルの為替がすごいことになってたんですよ。1ドル50円とか。そのちょっと前までは1ドル100円前後まで上がっていたのが、リーマンショックで1ドル50円になったんですね。

 

 

それで、日本に貯金があったらなあ。それを送金してもらえば倍になるのに。と思っていたら、

 

 

思い出したんです!

 

 

両親が、私が子供のころから定期預金していてくれたお金がある事に!

 

 

母は、私たちが子供のころから、時々思い出したかのように貯金通帳をうれしそうに見せてくれていました。

これが満期になると、500万になるのよ~。毎月○万円入れてるのよ~。って言ってたんですね。(私たちが子供のころはバブルもバブルだったんで。にやり

 

 

満期。。。まだあと3年ぐらいはあるのかなあ。。あれが満期だったら、速攻で送ってもらうのに。

と、考えていたんですが・・・・ (あの時すでに留学費用で出してもらった金額は膨大なうえ、あの大不況にもかかわらず、満期になったらそっくり頂こうと考える、このアホ垂れさ・・・おーっ!

 

 

 

・・・・待てよ?

 

3年後満期になって送ってもらうとして、その時また為替が1ドル100円に戻っていたら、だいぶ少なくなるんじゃないか?

だったら、今契約解除して、いくらか違約金みたいなのを引かれたとしても、今送金してもらったほうが、3年後満期で送金してもらうより多いんじゃないか?しかも、親もあと3年毎月○万払わなくて済むようになる。ウィンウィンじゃね?(ウィンウィンじゃねえ!放棄しろ!)

 

 

と、天才的アイデア(だと思っていた)を考え付いてしまったんですね。

 

 

そして、シャワーからイソイソと出てきて、メッセンジャーで母に連絡して、それはいいアイデアだね!と言うことになり、早速送ってもらったんですね。

 

そして、送金してもらった日が幸いなことに、最安値だったらしいです。48円。48円で1ドル買えたってことです。

 

 

結局3年ほど繰上げたぶんと、違約金が引かれた分で、最終的にいくらになったのかは覚えていませんが、1ドル100円時に比べて、こちらで受け取る額が2倍以上になったことは確かです。

 

 

さて、ここで私がお伝えしたいのは、私が超ラッキーだったということではなく、ましてや、私が天才的だということを自慢したいわけでもありません。

 

 

この出来事で、私はただただ、バブル期の親の蓄えと、そして何ともいいタイミングで起きてくれたGFCと言う社会事情にあやかっているだけで、私の努力や実力はみじんもありません。(むしろ親のすねかじりのアホ垂れ)

 

 

ただ、もし私が家を購入しようとして、でも貯金は100万円弱。しょうがないよな~車の借金もあったし。まだ若いし。頭金なんて作れるわけがない。とあきらめていたら、GFCで為替がとんでもないことになっていたことを知っていたにもかかわらず、あそこにある定期を解約して…と言うことは確実に思いつかなかったでしょう。

 

 

これは、もう執着しかないですね。

何か問題が起こった時、どうにかなるはず。何かあるはず。どこかに糸口が。と常に意識を向けていれば、答えがパッと思いついたり、あちらからトコトコと寄ってきてくれるものです。

 

仮に、今回あの定期預金がなかったとして、それでも何かあるはず。と考えていたら、たぶん何かしら見つけていたと思います。

 

 

何かはわかりませんが、例えば、義理親の方がたくさん支援してくれたかもしれない。(他力本願笑)

例えば、宝くじが当たったかもしれない。

例えば、利子のとってもいい銀行を見つけ出したかもしれない。

例えば、夫のお給料が上がったかもしれない。

例えば、ものすごくいいお値段の良い家を見つけたかもしれない。

 

 

まあわかりませんが、何かしら良い方向に進んでいったと思います。

スピードに差はあれど。

 

 

何か問題が起こった時。あきらめたらそこでお終い。

見る角度を変えて、問題を見る習慣をつけると、割と簡単に糸口が見つかるものです。

 

 

問題が起きているとき、私たちは「井戸の中の蛙」になっていることが多いです。

嵐の真ん中にいると、周りが見えなくなるものです。

いったん井戸や嵐の中から自分を出して、外から今の状況を見ると、見えなかった事が見えるようになって、糸口が見つかるものです。

 

 

ここで出てきた家は、もう売って、今は夫の生まれ育った街で農家をしています。

人口2700人だったかな?日本人は私1人ですし、アジア人は中国人が2家族ぐらい笑

 

国際結婚した人や、海外で暮らす人は、自分の事を「日本の社会不適合者」とか、「変り者」とか呼びますが、私はまったく社会不適合者でもなく、別に変ってもいなく、むしろ、適合してましたし、だれとでも仲良くできます笑

そんな「日本人」な私が、こういうところで暮らすには、やはりそれなりの問題だったり、壁だったりがあるわけです。

 

 

そして、やっぱり嵐の渦の中にがっぽりはまってしまう時もあるんですが、渦の中にいるなと気づいたときは、そんなときはもがかず、渦の中から、ひょいっとつまみ出して(お釈迦様のように笑)、外からその嵐を眺める訓練をしています。

 

 

とまあ、また長い話になってしまいました。これからは親孝行に励みます。

 

お付き合いありがとうございました。

 

それではみなさん。またねブルー音符