<figure-eye>史上初300点超に満面の笑み 羽生結弦さん“世界最高の自分”の原点


毎日新聞




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その表情は緊張した面持ちから、少し柔和で無に近い表情へと変わった。ショートプログラム(SP)直前、コーチと向かい合い、フェンスに両手をかけて一瞬しゃがみこむ。いつものルーティンをこなし、羽生結弦選手はリンク中央へ向かった。そして彼にしか見えない何かと対話するように柔らかい視線を虚空に向けた。


【SEIMEI伝説はここから始まった NHK杯の演技】



 「静」と「動」。初めて羽生選手を撮影した時の二つの異なる表情が今も脳裏に焼き付いている。SPで4回転ジャンプを2本入れる構成に挑み、最終的に世界初の300点超えを達成した2015年11月のグランプリ(GP)シリーズ第6戦NHK杯での顔だ。


 SPで同じく2本の4回転ジャンプを入れた金博洋選手(中国)が当時としては高得点の95・64点をたたき出す中、羽生選手は最終滑走で登場した。「プレッシャーに押しつぶされるかも」。その強さを知らなかった私は、少し心配しながら一挙手一投足を観察していた。


 正直に告白すると演技中の記憶はほとんどない。フィギュアスケートの撮影は2度目で、ジャンプはアクセルしか知らない門外漢。撮影に必死だった。それでもショパンのピアノ曲「バラード第1番」の調べが終わるまで、その静かな表情が変わらなかったことだけは覚えている。外的要因をはねつける強い意志を持った表情。演技を終えると電光掲示板にはSPの世界最高点(当時)が表示されていた。


 もう一つの顔は翌日のフリーの演技後、キス・アンド・クライで羽生選手が見せた心の底から驚き喜ぶ姿だ。床に片膝をついて足元の得点表示用モニターを食い入るようにのぞき込む。得点が表示されると画面を指さしながら「見て見て」と小さな子供が親に言うようにコーチに笑顔を向けたり、ムンクの「叫び」のように両手で頰を押さえて驚いたり。


 最終得点は2位を50点以上引き離す世界歴代最高の322.40点。それまでの記録はパトリック・チャン選手の295.27点。男子シングルを一気に異次元の世界に押し上げた、無邪気な開拓者の姿がそこにあった。


 羽生さんは翌月のGPファイナルで自身の記録を更に更新した。私はその後、GPシリーズ、五輪、世界選手権など年1回ペースで羽生選手を撮影する機会を得たが、羽生選手はそのほとんどで優勝し、進化し続ける強さを示し続けた。だが、15年NHK杯で見たあの破顔を以後、私は見ていない。あの表情は高得点だけでなく、自身のイメージと演技がピッタリと重なった喜びからだったのだろうか。その答えは今後の活動から見えてくるのかもしれない。【宮間俊樹】