20年 | いつも一緒だよ!

いつも一緒だよ!

38週4日。長女みぃは天使になりました。
死産後、不妊治療を再開して妊娠。
アスピリンを服用しながら妊娠を継続。
3月11日、長男せぃを無事に出産。

その後、再び妊娠。
2月22日、次女あみを無事に出産することができました。

先日、実家にいるときに家の電話が鳴りました。



母が出て


「あらーK子ちゃん!久しぶり!」

と声が聞こえました。


K子ちゃんは母より少し年下だけど、母が子供の頃からの古い友達。


私や兄もずいぶん可愛がってもらいました。



K子ちゃんには長男クンがいて、2人目も望んでいましたがなかなか授かりませんでした。


そして長男クンが6歳の時にやっと2人目の次男クンが誕生。


K子ちゃんもご主人もそれはそれは可愛がっていました。



そして次男クンが7ヶ月の時、それは突然でした。



長男クンと同じ部屋でお昼寝をしていた次男クンは、SIDSで亡くなったのです。



当時SIDSと言うのはまだあまり知られていなくて、原因も全くの不明。


K子ちゃんとご主人は、まさにパニックに陥りました。


追い打ちをかけるように、警察からの説明で

「SIDSは死亡診断書に書く死因として認められていない(当時)。

申し訳ありませんが、死因は長男の腕が当たったことによる窒息死と死亡診断書には書きます」


これにK子ちゃんは泣いて反対しましたが、そのまま書かれてしまいました。


「長男が殺したことになってしまう。

それだけはやめて下さい。

2人は同じ部屋で寝ていましたが、離れていました。

そんなことはあり得ません」


どれだけ訴えてもダメでした。



少ししてから、次男クンにお線香をあげに行こうか・・・

と母に言われて一緒に行きました。


K子ちゃんは薄暗い部屋で電気をつけることもできずに泣いていました。


「どうしてこんなことが起きたのか・・

分からない。

あんなに元気だったのに」


K子ちゃんは泣きながら話していました。


当時まだ学生だった私は

「K子ちゃん可哀想・・・

元気だった赤ちゃんが突然亡くなっちゃうなんて」


そう思っていました。


でも今なら分かる。

そんなに生易しいものじゃない。

K子ちゃんは地獄のような苦しみの中で生きていたはず。

よく分からず何も言葉を発しなかったのが、せめての救いだったのかも。


その後、K子ちゃんはもう一度妊娠。

元気な長女が産まれました。


電話を切った母から、その娘さんが二十歳になったと聞きました。


あぁ、あれから20年経ったんだ。


K子ちゃんとご主人にとっては長い長い20年だったと思います。


私は3人の子供たち、みんなと遊んでいましたがK子ちゃんはよく


「娘は次男とよく似てるのよ」

と話していたのを覚えています。



私はみぃを死産しました。

陣痛が来て、病院に行って、お腹の中で心臓が止まっていると宣告されて、そこからはもう絶望しかなかった。


でもK子ちゃんは希望に満ちて次男クンを育てていたはず。

きっと私の苦しみとは比べ物にならないくらいの、壮絶な想いがあったはず。


無事に成長した2人の子供たち。

きっとK子ちゃんは2人の成長を見ながら、次男クンのことを忘れずに過ごした20年だったのだと思います。


長女が20歳になって色々と余裕ができてきたから、と電話をくれたK子ちゃん。


成長した子供たちにも会ってみたいな。