「ノートは破るな」

「線を引くときは必ず定規を使え」

 

幼少期、繰り返し言われた

親からの教え。

 

 

 

それなので、数学の計算では

分数の短い線でさえ、定規を使って書くのが私の中では当たり前でした。

 

 

 

ある日、

それを見た友達が言った

私にとってはとても意外だった言葉。

 

「そんな面倒くさいことしてんの??」」

 

 

 

私にとっては「当たり前」。

でも、人から見れば「面倒くさい」「手間のかかる」こと。

 

 

 

自分が何も苦と思わずやっていることは

必ずしも他の人の普通ではないんだな、

 

そう思った瞬間でした。

 

 

「線を引く」=「定規を使う」

 

この式は私の中では息をするのと同じ感覚なのですけど、

 

そのことに対して

「几帳面だね」

「ちゃんとしているね」

 

人からはこんな風に感心をされる。

 

 

 

とてもありがたいことですけどね。

 

そう言われるたび

実際のところの正直な感想は、

 

「へぇ~、そうなんだ」

「そんなにスゴイことか?」

 

 

でも、これは私に限らず

この定規の話に似たようなことが

 

誰にでもひとつやふたつあるんじゃないかな?と思います。

 

 

自分自身が当たり前のようにやっていることが

他の人から見れば、全然当たり前にはできないこと。

 

そしてそれを

本人が自覚していないことも多い。

 

 

 

人間は「無いものねだり」な生き物だと思いますけどね。

 

 

「もうすでに、

あなたはいろんなものを持っていますよ」

 

ある方に言われた言葉。

 

 

これぞまさに、灯台下暗し。

 

自分自身の棚卸をしてみると

案外面白いものです。

 

 

 

 

 

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