私が中学生の頃。
演歌以外で大好きだったのが
八神純子さんの曲。
あの頃のアルバム、CDはまだなくてLPでしたけど、
ぜ~んぶ持っています。
初めて八神純子さんのコンサートに行ったのは、
熊本市民会館。
中学3年生でした。
『夢見る頃を過ぎても』というアルバムが出た頃。
あれから30年…
去年から、歌の活動を再開されたことは知っていて、
もう一度 生の歌声を聴きたい
と
思っていました。
そして、ついに実現
私の所属事務所社長は、
八神純子さんのデビューの頃から約10年、
八神さんの担当だったのです!
「サイン貰いたいな~」「写真撮って貰いたいな~」
呪文を唱えるようにつぶやく私。
しょーがないなぁ!と言いながら、
楽屋に連れてってくれました。
うわ~本物の八神純子さんだぁ!!
自分が歌手であることをすっかり忘れて
舞い上がっている私
社長に紹介して貰って、ご挨拶をして、
『紅の花』のPVをお渡ししました。
「素敵な写真!」と お褒めの言葉を頂いて、
恐縮するわ照れるわで、 うわ~やばい

本番前のお忙しい時間にもかかわらず、
気さくに接してくださいました。
うふっ
2ショット
懐かしいアルバムにサインをお願いしたら、
名前まで入れて下さいました
川口・リリアホールでのコンサート。
『サマー・イン・サマー』で幕が開き、
『みずいろの雨』『思い出は美しすぎて』
懐かしい曲が続きます。
指の先から頭のてっぺんまでの細胞が、
喜んでいるのがわかります。
ゾクゾクしてしまう歌声です。
声の質感があの頃よりももっと奥深くて、
私の身体にすぅっ~~~と吸収されていきます。
そして、身体中の毒素をみ~んな排出してくれるような
そんな心地よさ
いや~最高
後半、『Mr.ブルー』あたりで、
立ち上がるお客様がちらほら。
でも、周りのお客さまはおとなしくて、
立ち上がる気配なし。
うぅ~~~私達も…
こちらも中学生の頃から八神さんが大好きだったという
美穂さん(患者会会長)と二人、
はやる思いを抑えていましたが、
我慢も限界。
周りの方々にご迷惑かしら…と思いつつ、
すくっと立ち上がった私達。
即、「見えない!」と、後ろのおばさまからの声。
ここは譲れない!と、聞こえないふり(笑)
その後すぐに『ポーラー・スター』のイントロで
総立ちとなり、後ろのおばさまのお小言は、
会場全体の熱気に消されてしまいました!
お弁当を作って、子供の帰りを家で待つ母で
いたかったそうです。
息子さんが18歳になり、子育て卒業。
本格的に歌の活動を再開されたのだそうです。
母親業に専念されていた、十数年の歳月。
人としての年輪みたいなものが、
深みを増した声の響きとなって、
聴く者の心を癒やしてくれるのだと実感。
これからも、ずっとずっと歌い続けてください!
30年振りに聴いた、生の歌声
この余韻から冷めない、いや、
冷めたくない私です。
演歌以外で大好きだったのが
八神純子さんの曲。
あの頃のアルバム、CDはまだなくてLPでしたけど、
ぜ~んぶ持っています。
初めて八神純子さんのコンサートに行ったのは、
熊本市民会館。
中学3年生でした。
『夢見る頃を過ぎても』というアルバムが出た頃。
あれから30年…
去年から、歌の活動を再開されたことは知っていて、
もう一度 生の歌声を聴きたい
と思っていました。
そして、ついに実現

私の所属事務所社長は、
八神純子さんのデビューの頃から約10年、
八神さんの担当だったのです!
「サイン貰いたいな~」「写真撮って貰いたいな~」
呪文を唱えるようにつぶやく私。
しょーがないなぁ!と言いながら、
楽屋に連れてってくれました。

うわ~本物の八神純子さんだぁ!!
自分が歌手であることをすっかり忘れて
舞い上がっている私

社長に紹介して貰って、ご挨拶をして、
『紅の花』のPVをお渡ししました。
「素敵な写真!」と お褒めの言葉を頂いて、
恐縮するわ照れるわで、 うわ~やばい


本番前のお忙しい時間にもかかわらず、
気さくに接してくださいました。
うふっ
2ショット
懐かしいアルバムにサインをお願いしたら、
名前まで入れて下さいました

川口・リリアホールでのコンサート。
『サマー・イン・サマー』で幕が開き、
『みずいろの雨』『思い出は美しすぎて』
懐かしい曲が続きます。
指の先から頭のてっぺんまでの細胞が、
喜んでいるのがわかります。
ゾクゾクしてしまう歌声です。
声の質感があの頃よりももっと奥深くて、
私の身体にすぅっ~~~と吸収されていきます。
そして、身体中の毒素をみ~んな排出してくれるような
そんな心地よさ
いや~最高
後半、『Mr.ブルー』あたりで、
立ち上がるお客様がちらほら。
でも、周りのお客さまはおとなしくて、
立ち上がる気配なし。
うぅ~~~私達も…

こちらも中学生の頃から八神さんが大好きだったという
美穂さん(患者会会長)と二人、
はやる思いを抑えていましたが、
我慢も限界。
周りの方々にご迷惑かしら…と思いつつ、
すくっと立ち上がった私達。
即、「見えない!」と、後ろのおばさまからの声。
ここは譲れない!と、聞こえないふり(笑)
その後すぐに『ポーラー・スター』のイントロで
総立ちとなり、後ろのおばさまのお小言は、
会場全体の熱気に消されてしまいました!
お弁当を作って、子供の帰りを家で待つ母で
いたかったそうです。
息子さんが18歳になり、子育て卒業。
本格的に歌の活動を再開されたのだそうです。
母親業に専念されていた、十数年の歳月。
人としての年輪みたいなものが、
深みを増した声の響きとなって、
聴く者の心を癒やしてくれるのだと実感。
これからも、ずっとずっと歌い続けてください!
30年振りに聴いた、生の歌声

この余韻から冷めない、いや、
冷めたくない私です。