スキー場に来ている。
小学生年代で1日7時間、深夜まで。
今日は月に一度の子どもリフト券無料の日で、弟家族が誘ってくれたのだ。
先月生まれて初めてスキーをやって(この時も弟家族が連れて行ってくれた)すっかりハマってしまったともボン、昼食休憩もそこそこ午後の部を滑りに弟と従兄弟と3人、ゲレンデへ飛び出して行った。
ちなみにひーこは留守番。
先先週学校のスキー教室で一応リフトに乗って下って来られる程度には滑れるようになったらしいのに、もうやりたくないんだと。
中学生になったらスキー教室はないんだから、今やっておかないとまた滑れなくなっちゃうのにもったいない。
私も子どもの頃は親に連れられて年に1度はスキーに行ったし、高校・短大生時代は友達と行ったりもしたのだが、就職してからやらなくなって以来四半世紀近くブランクができてしまったので、もう初心者以下の腕前だろうと思う。
(元々ボーゲンで下ってくるしかできなかったし)
うちはオットもウィンタースポーツ(ウィンターに限らないという話は置いておいて)には縁のない人なので、今頃になって子どもをゲレンデへ連れてくるようになろうとは思ってもいなかったし、ともボンがこんなにあっさりスキーができるようになって、下まで一度も転ばなかった!と喜色満面で戻ってくるようになるとは予想もできなかった。
何せ昨年度学校のスケート教室で盛大にすっ転び、それ以来スケート恐怖症になって今年度のスケート教室は熱を出して休んだ人だ。
スキーの方が斜面だし転べば起き上がるの大変だしスピード出るし寒いし怖いんじゃないかと思うが、感覚がよく分からない。
何にせよ、ともボンの埋もれていた才能を発掘するきっかけを作ってくれた弟家族に感謝するべきだろう。
さっきも書いた通り、今日は子どもリフト券無料なので子どもの数がとても多い。
未就学年齢の子もいっぱしにボードで滑っていたりして、感心することしきりである。
中には赤ちゃんを抱っこ紐で抱いてまん丸に着ぶくれしながら、スキーを履いた小さいお子さん2人の面倒を見ているお母さんがいたりして、自分にはとても真似できないなあ、と尊敬の眼差しで見てしまったりする。
(父ちゃんどうした!?まあ一瞬違う場所にいるだけだと思うのだけど)
このくらい小さい時からスキースノボに親しんでいれば、天性の才能が早くから見抜かれて英才教育を受けて、選手として花開く子もいるのだろう。
しかしウインタースポーツは親しむ機会が限られるので、うちのように才能(というのも大げさだが)があることにも気付かれず、埋もれてしまうパターンの方が多いだろう。
子どもの才能を生かすも殺すも親の関わり次第と考えると、どれだけ見逃してしまっているかと思うに至る。
まだ間に合うのか、もう遅いのか…反省。
飛び出して行った鉄砲玉たちを休憩所で待ちながら、ぼーっとネットサーフィンしていて読んだのがこちらの記事。
小学生年代で1日7時間、深夜まで。
卓球、フィギュアの練習に思うこと。
Number Web 2019/2/17の記事。
(twitter連携が出来ない…超初心者なので失礼)
記事では卓球(伊藤美誠選手)とフィギュアスケート(浅田真央さん、宇野昌磨選手)を代表として取り上げているが、どんなスポーツに限らずどんな競技にも言えることだろう。
子どもがやりたいことを親のエゴで潰すのも、親の方が一生懸命になりすぎて子どもが行き詰まった時までごり押ししてしまうのも、どちらもまずい。
(私など自分がスポーツ全般が苦手で、子どもにスポーツを習わせたいと思ったこともないくらいなので、正直言って子どもの部活動に熱中する親、という人々の心情も理解しきれない)
子どものサポート役に徹しつつ、自分の子どもがどこまでやれるのかを冷静に見極め、最大限才能を発揮できるように導いていく。
それができれば理想的なのだが、実際にはつい「頑張ればもっとできるはず」と思ってしまいがちなのでかなり難しいことだろう。
今トップアスリートといわれる人々は、本人の才能と親や周囲のサポートのバランスが奇跡的にマッチングした、貴重な例なのだ。
我々凡人が見習おうとすると破綻するのが目に見えているので、まずは、親側が「自分ならそれができるか」を考えてから子どもにやらせてみては?
(あ、競技そのものではなくて、その応援の仕方、叱咤激励って奴でモチベーションが上がるかってことね。やる気なくすだけじゃないの?っていう「叱咤」メインの人、多いよね)

