ひーこの小学校卒業式が無事終了した。
ようやく大イベントふたつが終わってほっとしている。


高校と小学校、続けざまに卒業式に参加して、改めて高校卒業式の簡素さ(多分練習してる暇がない)と、小学校卒業式の「授業の延長線上にある盛り沢山さ」の違いに感じ入った。
小・中は卒業式の練習何回もやらされるもんね。歩き方から始まって、歌、卒業証書の受け取り方、保護者席へのお辞儀の仕方、来賓の祝辞の時の体の向け方まで…
今回は直前にインフルエンザが流行って休んだ子が何人もいたから、練習も大変だっただろう。

高校とは保護者の年齢層も明らかに違って、振り返ったら壁際にビデオカメラ持ったパパさんの隊列ができてたのには驚いた。
音楽会か。


ところで、みーの小学校卒業の時は、担任が若い男の熱血漢タイプの先生で、しかも初めて卒業生を送り出すというタイミングだったのもあって、涙、涙の「帰りの会」に、外へ出てから先生を囲んでみんなで記念写真をかなり長い時間撮っていた記憶がある。

今回ひーこの担任は女性のベテラン先生で、「笑顔でお別れしましょう」との言葉通り、にこやかかつ淡々とした雰囲気の「帰りの会」に、外へ出て全校の先生方からお見送りを受けた後はみんなそれぞれ解散!と集まるでもなく、若干拍子抜け。

この違い、先生の性格によるものなのか、時代の変化なのか。
2年後のともボンの卒業式で分かるかもしれない。



これでやっと世界選手権の応援が落ち着いて出来る!と思ったら、20日は送別会だし23日は地区PTAの引き継ぎが入っていた!しかも23日は夜7時から!何の嫌がらせ⁉︎
ここへ来てひーこもともボンも体調が怪しいし、どうやっても心置きなく応援とはいかないようでガーン
今週末はひーこの小学校卒業式なのだが、この期に及んでインフルエンザの患児が急増し、学級閉鎖の危機である(まあ閉鎖はしないだろうけど)。

今週頭に1年生が1クラス学級閉鎖になったとは聞いたけれど、何でそれが飛び火して6年生に?
一番来てはいけないところにピンポイント爆撃されているかのよう。
ひーこはいまのところ大変元気だけれど、いつも登下校が一緒の子のお母さんから
「夕方から38度超えの発熱💦」
とLINEが来た。

ヤバい。大変ヤバい。
うちの子どもたち、今年は予防接種ができなかったので、なんとかインフルエンザにかからず冬を乗り切ったとホッとしていたのに、あと3日を戦々恐々として過ごさなきゃならないのか…
無事卒業式を迎えられるよう祈るしかない。
しかも当日の天気悪そうだし。誰の行いが悪かったんだ⁉︎



ところで、卒業式の数日後に開かれるPTA主催の送別会に、毎年PTAコーラスのメンバーとして余興で参加させてもらっている。

今年は「平成最後の送別会」だから、平成初期のヒット曲で賑やかに行こう!と代表が選んだのが「浪漫飛行」と「LOVEマシーン」。
「この曲懐かしい〜」「LOVEマシーンは娘が産まれたばかりの頃で全然記憶にない(先生)」などと言いながら楽しく練習していたら、急遽参加してくれることになった来年度の本部役員さんが

「これ、僕生まれた年の曲ですね」
「浪漫飛行聞いたことないです…」

聞くと平成元年生まれとの事!
そうか、もうそんな年代が小学校の役員として加わってくる時代なのだな…(遠い目)。


ちなみに「LOVEマシーン」は2018年度Nコンの高校生の部スペシャルステージで歌われたもの。
歌の上手い高校生たちの代表が歌うステージは超カッコいい。これくらい歌えたら気持ちいいだろうなあ。

以下リンク。



我々は下手の横好きの集団なのだけれど、精一杯楽しく賑やかに歌って転退職の先生方をお見送りできたらいいなと思う。




職場の方でも異動が発表になり、同じチームで仕事をしている上役2人が異動されることになってしまった。
特に係長はまだ1年目だったので、まさか異動になるとは本人も含め誰も思っておらず、不意打ちもいいところでだいぶショックが大きい。

あまりメンタル的に調子が良くはないので参っているのだけれど、そんな時こそ歌でも歌って頑張ろう。
というわけで通勤途中の車内で大声で歌っている人がいたら私かもしれないので、見なかったことにしてください😅


東日本大震災から8年。

ブログを遡ってみたらその頃の記事があったので、久しぶりに読み返してみた。



あの時はともボンがまだ2歳になる直前、ひーこが保育園年少、みーが小学4年生。
地震の直後にひーこの手術入院(半年前から決まっていた)があったせいで、生活にどんな影響があったのかはほとんど記憶に残っていない。
逆に言えばそれくらいの影響で済んだということだろう。

それでも、地震のあの異様に長い横揺れの感覚と、直後に見た「避難の途中で津波に飲み込まれる自動車」の映像の記憶は、強烈に脳裏に刻み込まれて忘れることができない。




昨日の続きの今日を送ることができることに最大限の感謝を。

そして、続けることができなかった人々に、心からの鎮魂の祈りを。

毎年3月11日はそんな思いで過ごしている。