謝罪 についての価値観が
障害者の人、私を傷つける人 と 本当に噛み合わない ことで、
謝罪されないこと で、モヤモヤを長く抱えることになり、メンタル不調になります。
こちらが 許す、許さない 以前に
自分のしたことに向き合い、
一言 謝罪してくれれば、気持ち的には
けじめとなります。
障害者施設で、さんざんな思いをして
支援者に 謝罪を希望しても
謝罪したところで 許せなければ
意味がない と、私に感情的犠牲を
負わされてきました。
障害者として ずっと配慮と 特別扱いを受けてきた人は 謝る ということを教わってないんだと思います。
自分に 悪意がなくても、人が傷つくような結果になれば、
悪くないと 心では思っても 謝る
というのが 社会性 だと 私は思っています。
表面的な 社会生活の中では
それで丸くおさまることもあります。
謝られないまま 傷つけられたままの心は壊れます。
それで 何か起きれば 全部 私が悪者になります。
私は 自分の心が持たない と、
限界がくる前に 発信していても
自分で なんとかしなさい と言われて
なんとか出来るほど 強くはありません。
障害があっても 健常者扱いで
本当に 理不尽な目に遭いました。
先に傷つけられたのに、私が謝る
というのは 葛藤があります。
さらに 被害感情が強くなって
消えてしまいたい という衝動で
自分がどうなるのかも という懸念があるので、いろんなところから止められています。
仕返ししたら 負けなんです。
仕返ししたら 元々は 被害者なのに
それをすっ飛ばして 全部私が悪くなります。
世の中は なんで 元々の加害者には
寛容なのか
私には理解できないです。