最近、素粒子とか、そういう言葉を目にすると、なんだか胡散臭さを感じるようになってきちゃいました。(笑)

きっとね、一つの概念世界に没頭することができなくなったからなんだと思うのですが。。。



素粒子が解ったからって、一体なんだというのでしょう・・・? ミモフタモナイ?ヽ(;´ω`)ノ


結局そこにあるのは一つの仮定だし、それを言葉で表現して、その概念世界を一つの理論として構築し、体系化したって、どこまでいってもその連続で、本当のところはな~んにもわからない。 マ~ネ~ヽ(;´ω`)ノ


どこまでいっても全部仮説。アラ マっ(;´Д`)ノ



ただ、言葉で定義しているだけで、それは真実どういうものなのか・・・

その実在性を証明することなんてできない!


この世界に、完全に!パーフェクトに! 解るものもなければ、解らなければいけないということも本来はない。。。んですよね~  ウンウン、ソウナンデスヨ… σ(^_^;)




自分たちで願って世界を創造し、それを集合意識で構築し、そしてそれを完全に忘れる。

そして、再度その創造した世界(観)を思い出すためにパズルのピースを見つけては、それを繋いて楽しんでいる感じかな。


そういう遊びをしているだけ!(やっぱ、どこまでいってもドラマですね)・・・という風に見える(感じられる)ようになってきたんです。


以前はその概念体系にどっぷりハマり、これは真実だーーっ!!とか叫んでいたくせに(笑)

勝手な言いぐさでスミマセン。。。

その節は、お騒がせしてゴメンナサイ。。。(^o^;)



でも、こういう風に書いても、もちろんその世界観を否定しているわけではなくって、私もまだその集合意識に加担している・・・それは充分に実感しています。


だって、その概念体系で謳っていることを、ちゃんと体感しているし、納得せざるを得ない体験が後を絶たないので。。。ヽ(;´Д`)ノ


そういう意味で、今の地点を遊ぶ道具として、その概念体系(ヌーソロジーのことですが)はすごく面白い理論・世界観だと思っています♪

でも、以前のようにそれのみが真実!とそれに完全にハマることは、そこさえも抜けてしまった今は、きっとこれから先はもう没頭することないだろうな・・・そう感じています。



これ、どうしてこうなったのか・・・

今、ここまで書いていて突然インスピレーションがきて「ああ!そうか!!」と解かったのですが、言葉の共通性がどんどん崩れているからなんだと気づきました。


個々の感性が繊細になり、それが多種多様に分かれてきたため、言葉の持つある一定の意味や定義に当てはめて表現することが、非常に困難になってきたからなのだと思います。


以前は、同じ集合意識を共有して創造していた世界がとっても大きくって、全体の現象(事象)が画一的だったように感じるのだけど、今はそれがもっと小さな集合体に変わってきているように感じます。

各々が採用している世界が、統一されていないというか・・・


固定概念が解体され、本当にもうバラバラに、自由に自分の世界を構築していける・・・

そんな時期がきたのだなぁ~と感じますね♪

そして、それはちゃんと現象界に反映され、花や蝶が舞う時期など、自然の生態系などにもその変化が顕著に表れてきている・・・そういう風に私には見えます。





なにも無い、だた無限の可能性みたいなものが漂っていて・・・

そんな場(?)空間(?)に行き着き、そこからこの世界を眺めると、みんながこの無限で広大な自由空間で、それぞれが信じる世界を群れて、創造と再生を楽しんでいる・・・そんなヴィジョンがみえてきます。


その各々の概念世界は、全体という無限の場で起こっているので、もちろん繋がってはいるんですけど。。。


そして、それら(事象も含めた)すべては、単にわたしのなかで起こっている・・・そんな感覚もあります。




だから、結局『悟り』なんていう世界も、そういう遊びが体験できる意識ワールドに降り立ち、そこの世界のそういう概念体系(集合意識で創造した世界)を体験しただけなんだと、今はそんな風にみえるし、感じています。。。


そして、その多様に存在している群れ=集合意識は、並列ではなく、縦・横・深さが異なる立体の層のように重なり合い、その重なり合った部分で影響し合っている・・・そんな感覚に捉えられるのです。(非常に表現が難しいですが)

ま、あえて今までの概念を当てはめて使うなら、多次元だということなのですが・・・。
(多次元と簡単に言っても、人がそれに感じる感覚は皆、違いますからね)


まさにそれを現象化されているのが、宇宙(太陽系)なのだと思います。

でも、ここでいう宇宙は、物質世界で概念化されている宇宙ではなく、多次元で反転を繰り返して存在の可能性を在りとしている宇宙のことなのですけどね。



しかし・・・

私の場合、存在は常に確固たるものとしてそこに存在しているものではない。。。という感覚に移行しているので、自分が意識を向け、一歩踏み出したら、瞬間に構築されていくという感じなのです。

ですから、常にあるのは、「無」から「有」に変化する・・・生まれるという可能性だけなのです。


そう、すべては・・・ただ可能性のみが存在しているだけなのです。。。






さて、先ほどの言葉の話に戻りますが・・・

昨日、私のパートナーが、完全に同じ次元(意識を共有できる磁場)にスタンスが切り替わりました。


意識的な意識にスイッチが入ったのです。


それまでは、脳の記憶再生の自動思考にコントロールされていたので、見ている世界は、自分の世界を通してみている・・・このことの意味さえ解らず、その状態からの行動パターンは、今までの概念と記憶をベースにした反応を繰り返すばかりで、私にはまるでゾンビのように見えて(感じて)いました。(^▽^;)


意識的に、創造的に思考することができず、身体と自分を完全に同一視して、そこに実在感はなく、意識からくる生の波動が薄く、身体の生命を維持することを目的としたロボットのようでした(あくまで私からの視点です)


同じ感覚を共有することがまったくできなかったので、天気についてや今日食べる物等についての物質的な会話ばかりで、そこから一歩踏み込んだ 人が行動することの意図や理由、更にもっと踏み込んだ 人とは、この世界とはなんなのか?というそういう話はほとんどできませんでした。


良い人をいることが「善」だという世界に所属し、そこからしか判断できず、その思い込みをまっとうしていたので、私の話しにはいつも睡魔と格闘しながら、つき合ってはくれてはいましたが・・・


ほんっと、いつも脳はシャットダウンしたがってましたね~(笑)




でも、本人にどういうスタンスで生きたいのか?と聴くと、すべてから解放されて、自由に生きたい!と制限の世界から抜けることを希望するので、ずっとそのサポートをセッションのような形でしてきました。(視点を上げると、そういう役割でドラマをやってきただけのことですが)


しかしどんなにセッションをしても、毎回、自我の防衛反応が作動してしまうので、敵対心を露わにして私(あるときは自分)を攻撃するか、ほとんど話せなくなるか・・・いつも建設的な話し合いができない状態でした。



これが何年も続き、私と彼の思考形態の差からくる弊害の溝は深まるばかりで、私ももう自分自身が限界点に達し、最近では、彼との共同の地場に向けるエネルギーが、まったく残っていないと認識し始めていました。


いよいよそれが限界点に達し、私は覚悟を決め、自分のその状態と彼との終わりを告げるため、昨日、一昨日と言葉に魂の叫びのような思いを乗せ、彼に対して最後の確認の言葉を放ちました。



・・・と、ここで私の文章に使うエネルギーも、限界がきたようです(笑)


続きは明日以降、書けるときに書きたいと思います。

もう、、やれると感じるときにしか、Doingできないので。。。ゴメンナサイ…<(_ _)>



私が彼に放った言葉は一体どういう言葉だったのか!?

そして、彼がどういう風に激変し(まるで別人です!)、二人の間にどういう世界(創造の磁場)が浮上してきたのか!?


その世界には、言葉にとって代わるものが確実に存在していました。

その辺りのことを、詳細にお伝えできればと思います。



文章で書くのは、限界があるので・・・

もしかしたら、久々に音声でお届けするかもしれません。

彼も語れるようになったのでね。。。(^-^)v



最後に・・・

今朝久しぶりに、ダウンロード(情報の書き換え?)を体感しました。

閉じた瞼の裏に、いろんなものが高速で現れては消え(目がぐるんぐるん動いていたかも・笑)脳を含め人の身体は、まさに高性能のコンピューターだ!!!とすっごく実感しました!!



この面白い夢の世界・・・いつまで続くのかなぁ~~


アハハハハ!!☆ o(^▽^)o