最近知った存在
阿部 敏郎さん
もう随分前から精神世界について語ってらっしゃるらしい・・・
私は、本当に外側のことはあまり知らない
でも、最善のタイミングで、すべてはもたらされる
いま、知る必要があったから、この方の存在を知ったのだろう
この方は、私と同じ世界をみて、感じている
言葉の世界はとっても難しく、
しかも、こういう繊細な世界を表現することは、至難の業だ
活字は波動も乗りにくい
文才のない私には、かなりの重労働だ(笑)
阿部さんの表現には、押しつけがましくない説得力がある
まさに、素晴らしいの一言に尽きる
阿部さんが表現する愛の世界(5次元意識)を、
ぜひここで、みなさんに堪能していただきたい。。。
<阿部さんのブログ『いまここ』からの抜粋>
本当はね、
何だっていいんですよ。
ほんとに、ほんとに、
何だっていいんですよ。
この世で何をしようと
何もしまいと
何を考えようと
何も考えまいと
10回結婚しようと
10回離婚しようと
親の面倒を見ようと
親を捨てようと
刑務所に入ろうと
聖職者になろうと
神様を祀ろうと
悪魔にキスをしようと
好きにやっていいんです。
だって、あなたが創造主だから。
何でもいいということを、徹底的に知ったうえで
人に優しく生きたいし
家族を愛したいし
みんなを元気づけたいし
みんなが幸せであってほしいし
他の生き物たちを尊重したいし
愛は気持ちがいいし
今日も好きにやってます。
何でもいいということを心底知ったとき、
初めて人は自分自身を生きられます。
それまでは、外側から与えられた様々な「べきだ」「ねばならない」や、
信じ込まされた枠の中で生きるしかありません。
もちろん、それでもいいんだけどね(^o^)
ただ、真の意味では自分の人生じゃないってだけで。
僕はあなたに自由を与えてあげたい。
それが一番やりたいことだと思う。
きっといつの日か、僕が言っていることが全部わかって、
大笑いする日が来るよ。
な~んだ、そうだったのかって。
誰にでも共通する普遍的なメッセージはわずかで、
ほとんどは受け手の円熟度に応じたものになります。
ですからこのようなメッセージを、子供たちに向けて
発することはありません。
もしみんなが、なんでもいいと言って好きなことをしだしたら、
世の中の秩序は乱れに乱れてしまうじゃないかと心配する人も
いるでしょう。
でも決してそのようにはなりません。
「本当はなんでもいい」ということを心底理解した時、人は同時に、
生まれつき与えられていた宇宙的秩序に目覚めるからです。
それはある種の知性のようなもの、あるいは「愛」と
呼んでもいいでしょう。
なぜこのようなことを断定的に言い切れるのか、
その根拠を教えてほしいという人が何人かいました。
もし南国で育ったあなたが、初めて雪を手にしたとき、「冷たい」と
感じるでしょ。
あなたの周りの人が、誰一人雪の存在を知らなかったとしても、
その冷たさは揺るぎないものですよね。
なぜそう言い切れるのかと問われても、「雪は冷たいからだ」
と答えます。
それと同じことです。
ブログや講演で伝えているのは、誰かから学んだことではなく、
体験として実感したことです。
さて、「なんでもいい」と心底わかるのは、愛に触れた時です。
あらゆる人が愛に触れたら、この世の問題はたちどころに
消えてしまいます。
この世の道徳も、倫理も、あらゆる正しさも、
すべては愛の代用品です。
愛を知らない人のための、松葉杖みたいなものです。
愛があれば法律は要りません。
憲法第一条に「愛」とあれば、他の憲法も要りません。
愛こそすべてとは、そういう意味です。
目覚め、さとり、宇宙意識、ワンネス、神、そして愛。
これらはみな同じ存在レベルのことを指しています。
重要なのは、これらの名前で呼ばれているレベルこそが
真実の自分であり、それ以外は幻想であるということです。
例外なく、ありとあらゆる人の本質だということです。
みんなが、「本当はなんでもいい」ことを知ったら、
この世はパラダイスですね。
<ここまで>
如何でしたか?
何度読んでも、私は感動してしまいます!
きっと、私もこの目覚めゲームについて、これからもう暫くの間、
拙い文章と、殆ど無いに等しいボキャを振り絞って
書いていくと思います
ですから、みなさま、これからも
何卒、寛容な御心で、この美ひめにお付き合いくださいませ
宜しくお願いいたします
あふれる愛と感謝を以って。。。



