こんばんは、麻@さいたま市です。

 

 

〈人生に正解はない〉

 

――そう思うようになったのは、近年になってからですね。

 

子どもの頃から若い頃にかけて

私はずっと

「正解」を求めて、さまよっていました。

 

親の望む職業に就いたら「正解」?

世のため人のためになる生き方をしたら「正解」?

 

うーん。

あの頃に、「正解なんてないんだよ」と教えてもらえたら

ちょっとは楽になっていたと思うのだけど

 

当時は

「どう生きたらいいの? どうしたら正しいの?」って

正解を求めて

手探りでもがきながら

先の見えないまま過ごしていた…

 

今では信じられないけど

昔の私は、言われたことをやるのは得意だったんですよ、

学校のテストとか…これが正解、と決まっているものは

与えられたとおり勉強して、そこそこの点を取れました。

 

だけどね、人生とか、生き方とか

これが正解、というのがはっきりしないものは

どうしたらいいのかわからなくて

 

自分がこの世界に必要とされてるなんて とても思えなくて

何をしても「不正解」な気がして

 

前に進むのが怖かった…

 

 

今だったらね、

当時の自分に

「正解なんてないんだよ

やりたいことをやればいい

生きたいように生きればいい」

って

言ってあげたいけど^^

 

 

「やりたいことをやる」という発想自体がなかったんですよね

当時の自分は。

 

ひたすら

「やるべきことは何なのか」

その

「正解」が

どこかにあると信じて、探していた。

 

 

今だから

声を大にして言いたい、

 

「人生に正解はない」

 

自分の人生は

自分で選べばいいし

それに「正しい」も「間違ってる」もなくて

 

ただ「やりたい」から「やる」

 

それ以上でも以下でもない。

 

 

自分が

自分の奥底から湧いてくる 心の声や

その衝動に従って

 

自分に正直に 素直に生きられたら

それが一番だと思う。

 

 

今日の自分は

自分らしく生きられたかな?

 

今日一日

がんばった自分をねぎらいながら

 

明日また

自分の意志で

自分らしい一日を過ごしたいと思います。

 

 

おはようございます、麻@さいたま市です。

毎日の暮らしの中で
ああ困ったなー、とか
ええっ、どうしたらいいの?とか

そういうとき
あなたはどうしますか?


私は昔から、人に相談する、というのが苦手です。
友達や家族にも言わず
まずは自分でなんとかしようとしてきました。

人に頼るのが下手くそなんです(笑)


まあ、今も基本的にそうなんですが、
いつの頃からか
見えない助け手?に助けを求めるようになりました😊

天使?ガイドさん?光の存在?

呼び方はその時々でいろいろですが

この仕事を始めて
見えない世界に意識がいくようになると

誰のそばにも
助けになろうとしてスタンバイしてくれてる存在が必ずいるんだな、とわかってきました。

人間と違って
いくら頼っても、迷惑ということはないし

いつでも
こっちが助けを求めるのを
手ぐすねひいて待っていてくれる
…それって、すごいことじゃありません?


よく言われるのは

天使などの存在は、こちらが助けを求めるまで
向こうからは手を出せないのだ、ということ。

だからね、
助けを求めたもん勝ち、だと思うのですよ。


あなたも
もしも何かあったら
まず、見えない助け手に呼びかけてみてはどうでしょう?

きっと
力強い助けが得られます。

だって
あなたも
宇宙に愛されている
本当に大切な存在だから。


あなたの今日一日が
大いなる護りと導きの中にありますように✨



おはようございます、麻@さいたま市です。

 

 

たまに訊かれることがあります。

「麻さんは食べ物に気をつけてますか?」

 

いや…特に、気をつけてはいないですね。

 

強いて言うなら、

食べたくないものは食べない、ということくらいですかね、

気をつけているのは。

 

食べたくない、ということは

自分が必要としていない、あるいは自分に合っていない、ということなので

食べたくないものは食べない。

 

それって、理にかなっていると思っています。

 

 

――とはいえ、

 

こんな私でも

上の子が小さかった頃は

めちゃめちゃ食生活にこだわっていました。

 

野菜は自然食のお店に買いに行っていたし

添加物は摂らないように

危ないものは摂らないように

とにかくいろいろ 気をつけていましたね。

 

まあ、それは、

子どもが食物アレルギーだったところから始まったわけですが。

 

当時は、何を食べても、何を食べさせても(子どもに)

いつもなんだか不満で 不安だった気がします。

 

気をつけても気をつけても 十分じゃない気がして。

 

その後、紆余曲折を経て、

今は全然気にしない こだわらない毎日になっているわけですが

 

それはなぜかと言うと

結局のところ、

自分の思いやとらえ方の問題なんだ、と気づいたからです。

 

どんなに素晴らしい食べ物でも

「これ、食べていいのかな? 食べて害にならないかな?」と思いながら食べたら

その不安が、健康を損なうもとになるかもしれません。

 

逆に、粗食でも

「おいしいね、ありがたいね」と思って食べたら

力が湧いて、健康をサポートしてくれるかもしれません。

 

せっかくなら

感謝と安心で、おいしくいただいた方が

その食べ物にとっても、自分にとってもプラスになると思うのです。

 

 

キネシのセッションで時々出てくるのですが、

(アレルギーの問題があったりすると特に)

 

食べ物を自分の体内に取り込む、というのに抵抗を感じる場合があって

そうすると、その警戒感や不安から

食べ物が持つ栄養やエネルギーを十分に受け取れない、

という結果につながっていたりします。

 

これって、もったいないことですよね。

 

やっぱり

「ありがとう、おいしいね」といって

食べたり飲んだりしたいものです。

 

そうすることによって

この地球という世界の 生命とエネルギーの循環の輪に

きちんと加わることになるから。

 

「ありがとう」は

私たちを 世界と 宇宙と

しっかり結びつける魔法の言葉。

 

今日も、感謝して安心して おいしくいただきたいですね。

 

 

 

 

 

おはようございます、麻@さいたま市です。

 

美しい季節ですね。

新緑がまぶしい。

うちの近所では薔薇の花も花盛りです。

 

 

空が青いね、とか

お花がきれいだね、とか

 

それだけで 今日の自分を幸せにしてもいい

…と思いませんか。

 

 

悩みごとや 心配があっても

明日の自分が わからなくても

 

今ここで

目の前に咲いている花

 

それが きれいだね、で いいじゃないですか。

 

 

最近、よく思うんですよ、

私たちはみんな つかの間、この地球に降り立っている旅行者。

 

許されている時間の中で

この星を それぞれ 思い思いに楽しめばいいし

それに きまりなんかない、って。

 

誰かと同じである必要はないし

誰かと比べる必要もない。

 

今日の自分を

何で満たすか

それは自分で選べるのだから。

 

 

せっかく ここにいるのだから

 

どんな理由でもいい

 

自分を幸せにしてあげたい

 

そんなふうに思います。

 

 

おはようございます、麻@さいたま市です。

 

*****

 

あなたの中にある光を 十分に輝かせていますか

あなた自身の価値を

まずあなたが ちゃんと認めていますか

 

自分が自分であること

 

その尊さを理解していますか

 

 

誰にも 何にも遠慮せず

自分が自分であるということを 

しっかり貫くこと

 

ただそれだけ

 

光を覆うものに気づいたら

そっと脱ぎ捨てましょう

 

一枚 また一枚と

よぶんな覆いを外したら

 

今日より明日 明日より明後日

もっともっと輝く自分が

見えてくるでしょう

 

そんなあなたを

きっと誰かが待っています