今日も「発達臨床心理学」から、もう一つ「目からうろこが落ちる」を感じたことです。



それは、子どもの「思いやりの心の発達」についてです。



例えば、3~5歳くらいの子どもが、一緒に遊んでいる子どものおもちゃを平気で奪い取ってしまう光景を目にしますが、それを見た親は、「○○ちゃん、ダメでしょ」なんて言いますよね。



これは、奪い取った子どもが、まだ取られた側の子どもの気持ちがわからないと言うよりも、この年齢の子どもは、自分と他の人との区別がまだ備わっていないと言うのです。

いわば、自己中心的な行動しか取れないのです。

そして、された方は、それに対して泣く、逃げるなどの自分を守る行動に出ると言うのです。



また、5~6歳では、他者との区別は備わるけれど、相手のことを考える能力はまだなく、自分の思い通りに支配するか、それに単純に従うという行動をとります。



そして、8~11歳では、自分の考えや行動をかえりみる事が出来るようになり、同時に相手にも自分と同じように考えや感情があることを意識出来るようになり、相手に何かする時、それを促すような理由を言ったりして相手の気持ちを変えさせようとする行動をとり、された側は、自分の気持ちを調整すると言うのです。



さらに12~14歳では、自分の想いと相手の想いを意識し、両方の欲求と関係を考慮して、協力的に解決方法を考えられるようになります。

また、この年代では、自分と相手との関係だけでなく、第3者の存在も意識出来るようになります。

つまり、親や先生の存在を意識して、それを考慮して行動出来るようになると言うのです。



15~18歳になると、更に社会などの多様な視点の存在を意識し、お互いの目標達成だけでなく、そこから発展させた新たな計画を作りだすことで、両方の目標を再構成することが出来るようになります。



これは、アメリカのハーバード大学のセルマンR.L教授が、「思いやり」を、「相手の気持ちを推測し理解する能力」と捉え、それを年齢で起こる対人行動や対人交渉の発達を分析したものです。



なんか、すごく難しく捉えたものですが、これを聞いてハッとしたのです。



常日頃、息子の言動を見ていて、「こいつ 優しいところがあるんだな」と感じることや、逆に、「いやりに欠けることを言っている」と感じる事があります。



でも、それらは、息子の性格や人格として、生まれながらに備わっていることではなく、成長とともに備わるものと意識していなかったのでした。



もちろん、これらのことは、個人差があり、しかも、年齢とともに自然に備わるものでもなく、教わったり、感じることで備わるものというのです。



しかも、その能力は、年齢によって理解できるか違ってくるというものです。



講師の先生は、「今の私たちは、これを教わったりはしませんでしたが、大人数の家族や、近所の年齢の違う者との関わり(ガキ大将との上下関係)などで自然に備わったが、今の子供たちは、核家族化、他者との深い関わりが薄く、それを自然に備わる環境になく、教育する必要がある。」とのことでした。



これは、近年頻発している、子どもたちによる衝撃的な犯罪の発生に関係しているのではと言われています。



こんな意識が無かった私は、思いやりの心や優しさは、その人が生まれながらに持っている資質が関係していて、教える必要など考えもしませんでした。



一昨年、息子から毎年届いていた年賀状が届きませんでした。

1週間ほどしたら、おじいちゃんが亡くなり喪中で出せなかったとのはがきが届きました。

その月末、面会の約束をする電話をしたら、とても沈んだ様子で、「まだ遊びに行く気持ちになれない」と言うのです。

その時、「まだ幼いのに、こいつ優しいんだな」と感じていました。



でも、最近、話の中に思いやりに欠ける言葉が出ることが何度かありました。



それは、あの年頃の特有の背伸びだったり、突っ張っているんだなと、聞き流していました。

でも、母親と二人暮らしで、友達とは仲良くやっているようですが、その関係は薄いものかもしれません。



これからは、その言葉を聞き流さずに、思いやりの気持ちを持つ大切さを教えていかなければならないと、考えています。


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