年老いた両親が困っていれば、すぐに駆けつける。

それが何でもなくできる人もいるだろうけれど、俺はできません。



一昨日、実家に電話をしたら、話し中でした。

少し経ってまたかけても話し中、30分ほどおいてかけてもまだ話し中だったので、また、母が親戚のおばさんと長電話をしているのかと思っていたら、逆に父から電話がかかってきました。



電話の調子が悪いというのです。

かける事はできても、受ける事が出来ないというのです。

俺がかけていた時も、電話はしていないし、呼び出し音もしなかったというのです。



翌日息子に会うことを話し、連れていくかどうかを聞いたところ、体調が悪いからと来ないでいいとのことでした。

電話に関しては、かかってこないのは不便だし心配だろうけれど、かける事はできるので、一刻を争うわけではないと思い、近いうちに行くことにして、電話を切りました。



昨日は、息子に提案したことはすべて却下されたので、レンタルDVDを借りて俺の部屋で見ていたら、また父親から電話があり、「治った」とのこと。

その後、息子を送り返すために支度をしていたときに、今度は母親から電話があり、「治っていなかった」と言うので、俺が「7時頃には帰る」と、その時に電話で相談するつもりで言うと、母は「待っている」と、電話ではなく、俺が実家に行くと勘違いをして、しかもそれを当たり前のように言うので、少しカチンとして、「今日は疲れているから、行けない。明日にでも行けたら行く。」と伝え電話を終わりました。



以前こんなこともありました。



母が骨折をして入院した後、リハビリで病院に行くのに車イスなので父一人では無理なので連れて行ってくれないかというのです。



ちょうどその頃は、俺がカレーを作って持って行ったり、電話機の調整をしたりと頻繁に行っていたころでした。



俺は、断りました。

忙しかったこともありましたが、それとともに、何かしらの感情が湧きおこり、断ったのでした。



その感情の原因は、3年前に姉と二人で両親に介護施設に入居を勧めた時のことです。

両親ともに色んな病気を抱えており、俺も姉も万が一のことをいつも気にかけていました。

そこで、姉の義理の母親が入居している病院が併設されている介護施設があり、そこへ入居しないかと勧めたのでした。

その義理の母親も、最初は入居を渋っていたのだけれども、入ってみたら快適だと喜んでいるとのことだったので、一度見学してはと誘ったのでしたが、施設は自由がないなどと言って断られました。



でも、その当時住んでいた家は、かなり古く雨漏りもひどい状態で、快適に住める状態ではありませんでした。

そこで両親が言い出したのが、マンションに住み替えたいというのです。



でも、姉も俺も、日常のことでも具合が悪くなったとき、そんなに頻繁に行くこともできないことを言うと、両親は、そんな時は、周りの人に助けてもらうから大丈夫だと啖呵を切ったのでした。



そんなことは無理があると思いながら、それまで自分の思い通りに生きてきた自分を振り返り、両親のわがままを通してあげようと思い、姉を節得し、引越しの用意は、姉が2時間近くかけて何日も通い、すべてして、俺は物件探しをして、実現したのでした。



しかし、その後も色々あり、姉と母の関係は、また険悪になるなど、何かと振り回されていました。



俺が作ったカレーを持っていったりするのは、自分から思い立ち、それをしてあげることで喜んでもらうのが嬉しいからで、逆に甘えられたりすると、あの時の「周りの人に助けてもらうから大丈夫だ」との言葉がよぎって、素直に手を差し伸べられないのです。



俺は、人から甘えられたり頼りにされたりするのが大好きで、仕事でもプライベートでも、それがやりがいだったり、喜びだったりしていたのに、それが今両親にできないのです。



ときどき、両親や付き合った人から「優しい」と言われたりするのですが、俺はそれを素直に受け取ることができません。



本当の優しさとは何か。



いま世の中では、人に優しさを求めています。



彼、彼女に求めるもの。

夫、妻に求めるもの。



ただ、全てしてあげる事が優しいことなのでしょうか。


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