涙が出てしまう3曲目は、木山裕策さんの「home」です。
その想いは、「無償の愛
」で、書いたとおりです。
今日は、この曲の歌詞で、最近感じたことを書きます。
晴れ渡る公園で不意に僕の手を握り返した
その小さな手で僕の身の丈を一瞬で包んでしまう
小6になった息子とは、もう手は繋ぎません。
手を繋がなくなってしばらく経ちます。
それまでは、たとえば電車を降りて歩きだすと自然に息子から手を伸ばしてきて、俺の手を握りました。
以前、「崖の上のポニョ」が上映されていた時、見に行くか誘ったら、「最近はアニメに興味が薄れた」と言い、地球温暖化やエコの話をしたり、話の端々に成長を感じていたので、寂しいと感じながら俺の方から手を伸ばすことはしませんでした。
前に、反抗期が始まると、子供は親を疎ましく思うものだと話したら、息子は「僕はそうならないかもしれない」と、言っていたことがありました。
それは嬉しいのですが、反抗期も一つの成長の過程であって、自立の第一歩だと思うので、全くないのも考えものです。
先週の21日の心理カウンセラー養成講座の後、いつものように受講生の仲間と食事に行きました。
その時に、二人の男性が、娘への想いを語っていました。
男親の娘に対しての想いは、「絶対に結婚させない」とか「どんな男が来ても渡さない」などと格別のものがあるとよく聞きます。
俺は、その話を聞いて、それとは違う想いだけれど、息子に対する想いも強いものがあると言いました。
それは、別れて暮らしていること。
片親という境遇にさせてしまい、申し訳ないという想い。
色んな想いがあって、出来上がったものかもしれません。
もし、普通に一緒に暮らしていたら、違っていたかもしれません。
また、俺と俺の父親との関係も、微妙に影響しているのかもしれません。
先日、次回の面会の約束の電話をしました。
完璧に声変わりが始まっていました。
これまでも、少しずつ声が変わり始めているのは感じていましたが、はっきりとわかるほどになっていました。
あの小さくて柔らかな手の感触が、とても懐かしく思います。
いつも、帰りの電車の中で、疲れて眠ってしまい、俺に抱っこされていた小さな体のぬくもりが、懐かしく思います。
子どもの成長は嬉しくもあり、寂しくもあります。
いつか、男同士の会話ができるような関係になれたら嬉しいです。
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