まずは5月3日の映画上映後に簡単に告知をさせていただきました。
その後、動いてくれるかな~と思った10名に協力依頼をし
うち数名と会いまして話し合いをしました。
その時は放射能の恐怖とか
福島の人たちに逃げてほしいとの想いや
広域処理ではなく現地での瓦礫の利用の仕方など
を話し合ったかと思います。
その中には福島出身の方もいらして
「そうした方がいいのだろうけど、福島の事を想うと辛い」
と言葉を詰まらせました。
私はハッとしました。
最善と思って話し合っていた
「汚染瓦礫は福島に集めて人を避難させた方がいい。」
は当事者ではないから言えてしまう言葉だったと気づかされました。
彼女は被害者なんです。
福島が悪いわけではないんです。
原発事故さえなければ移住する事もなかったのです。
配慮が足りませんでした。
わかっているつもりでも何もわかっていない
相手の立場に立って考える事が出来なかった私は反省しました・・・。
翌週には東北に行かれたMさんからメールがあり
「被災された皆さんからは瓦礫の話は出ませんでした」と
そして「瓦礫」ではなく「皆さんが使っていた物」であり
「形は変わっても そこには愛がある」と
そうなんだ・・・ 愛がある。
その2日後の、サンタさんがくれた情報は
私の考えをさらに一変させるものでした。
処理価格のトリックや
私は全部の量を手分けして広域処理するのかと思っていましたが
実は、その量は全体量の20%だったり
自治体が希望している事と政府のやり方には違いがあったり
被災地では「がれきがあるから復興が進まない」という話は聞かないとか・・・
????
わけがわからなくなりました。
いち早く瓦礫がなくなる事を皆さんは望んでいるわけではない??
瓦礫が復興の妨げになるから一日も早く広域処理を!
じゃないんですか?
その時、ふと小池公夫さんの代読裁判の事を思い出しました。
もしかして本人が望んでいる事と、
周りの人がしてあげようとしている事に違いがあるのかもしれない。
本人のいないところで最善を決めようとしているのかもしれない。
ならば東北の人たちが望んでいる事をいち早くしたい。
生の声が聞きたい。
でも私には東北に知り合いがいない・・・。
「つながる命 福島」の代表の方にお話をうかがえばわかるかも
そんな風に思ったのです。
つづく