やべ。遅くなった。


相葉くんとの初めての夕飯なのに

遅刻なんて、ありえねー。

しかも、かなりの遅刻。


せっかくあの日、相葉くんと

連絡先を交換したというのに

あれから、仕事が立て込んでて

ずっと食事に誘えずにいた。


ようやく今日、約束にこぎつけて
定時に帰ろうと帰り支度を始めた矢先、
よりによって同僚から飲みに誘われた。


くそっ。

松本のヤツしつこいんだよな。



同僚の松本は、最近、俺の様子が変わった

だとか、何があったんだとか、俺の話をゆ

っくり聞きたいからと、頻繁に飲みに誘っ

てくる。


しかも

『翔さん最近、妙に大野クリニックへ行く

回数多くない?』



って、鋭いとこ指摘しやがる。

松本は…要注意…だな。



今日だって、業務終了と同時に帰宅する

俺を怪しんで、何か用事があるのかと、

やたらと聞いてきた。


『別に大した用事じゃないよ』

『え、じゃぁ、飲みに行こうよ〜』

『大した用事じゃなくても、用事は

用事だからな!』

『だから、何の用事だよ〜?』


……この繰り返し。


友だちと飯を食う、なんて言ったら、

俺も混ぜてよ!って、絶対ついてくるだ

ろうから、言えなくて。


で、

振り切るのに時間がかかっちまって、

今に至る。


時計を見ると、約束の時間から、30分以上
経過している。


はぁ…。はぁ…。

とにかく急げ。


久々に

足がもげそうなほど走った。


どう考えても待たせすぎだ。


季節は夏に近づいてるとはいえ、

さすがにこの時間に外で立ちっぱなしは 

まだちょっと肌寒く感じるだろう。


俺は…汗だくだけど…。



待ち合わせ場所の大野クリニックに近付

けば、壁に寄り添うように立っているス

ラリとした人影が、周りの濃紺さに同化

して消えそうになっていた。



「相葉くん!ごめんっ!遅くなった!」

「あ!櫻井さん、お疲れさまです。

え?すごい汗!走ってきたの?なんか

逆にごめんなさい」


あははwww

「なんで相葉くんが謝るの?」


「だって…めちゃ汗が…」


相葉くんは、

タオルあるよ、って、鞄の中から小さな

半タオルを出した。



は?

タオル?

タオル持ってるの?

女子力 高すぎじゃね?


「え?どうしたの?櫻井さん」


「いや、タオルって…相葉くんいつも

持ってるの?」


「あ、うん」


どうやら相葉くんはかなりの汗かきで、

常に持ち歩いてるらしい。


ふーん。

汗かきなんだ。


今度、タオル…プレゼントしよっかな…。



「ありがと。じゃ、借りるね」


相葉くんからタオルを受け取ると

早速額から流れる汗を拭う。



あ。

めちゃいい匂い…。


なんだよ。タオルまでいい匂いって。

相葉くんって、やっぱ女子より女子じゃん。


タオルの甘く優しい香りに包まれて、

癒やされながら、フーっと息を吐く。


おかげで、俺の額の水滴は

綺麗さっぱり消えた。


ありがとう。

タオル、洗って返すね?って

言ったのに


相葉くんに

そんなん気にしないでいいよ!

って引き取るように奪われて、


やっぱ今度

タオルプレゼントしよう、って

心に誓った。




「ごめんね。随分…待たせちゃって…」


「大丈夫だよ。俺も仕事遅くなってさっ

き来たところだから」


………。


ウソ…だよね。

俺に気を遣わせないための。


夕方、智くんからメールもらったんだ。
今日は相葉くんを定時にすぐ帰すから
よろしくって。


君のついたウソに
俺はまた一つ君を知る。

俺の好きな人は

こんなにも…優しい。



「今日ね、お昼に連絡もらってから、俺

ずっと楽しみで仕方なかったんだぁ」


なんて言いながら

くふふ、と嬉しそうに笑う君。


君の笑顔に

俺はまた一つ胸が跳ねる。

俺の好きな人は
こんなにも…可愛いらしい。


「ねぇ?櫻井さん!俺ね、今日
食べたいものあるんだ!」

「あはは。いいね〜!
食う気満々じゃんwww」

「へへへ。俺、もう、お腹ペコペコだもん。
ほら!行こ、行こ!こっち!」

「え?あ、相葉くんっ!ちょっと…」


自然と捕まれた手首に

ドキリと熱が走る。


いいの?

もう、薄暗いとはいえ、外だよ?

相葉くんは、気にならないの?

スーツ姿の男二人が
手を繋ぐように歩いてること。


俺は…嬉しいけど…////。


「相葉くん、どこ行くの? 」

「くふふ。すぐそこだから!」


トクン…


「…うん////」


チラリと俺を見て

楽しそうに笑う相葉くん。


か、かわいい////。


一歩ずつ進む足取りと同時に



トクン、
トクン、と

胸も鳴る。


嬉しいのと
恥ずかしいのと

大好き、が

混ぜ合わさった

胸の音。


こういうの、
幸せの音って言うのかな?

なんて、、、。


俺はどうやら

恋をするとちょっとロマンチストに 

なるらしい。



「櫻井さん!ここっ!」

「あっ!」


突然、俺の手首から相葉くんの温もりが

消えて、寂しさに思わず声が出た。



「ん?」

「あ…えっと…」



やべ…。


手首を捕まれて歩いてただけなのに

どんだけ喜んでたんだよ、俺。


「いや、、、あの…。

意外と近いんだねwww。あ!中華?」


「うん!櫻井さんに、ここの麻婆豆腐を

食べてもらいたいんだ!めちゃくちゃ美

味いから!」


そこは、想像とは反した大衆食堂的な

中華料理屋さん。

相葉くんのイメージから
もっと洒落た雰囲気ある…ワインなんか
飲んじゃったりするお店を想像してた。


「嫌…だった?」

「え?」

「なんか、櫻井さん変な顔してる…」


変な顔って…(笑)。



「いや、意外だなぁって思っただけ。
こういう店、来るんだ?」

「うん?俺は堅苦しいとこより、
こういう所の方が好きかな?」

「ふふふ。俺もだわ…」

「本当!?良かった!」


いいっ!
相葉くん、めちゃくちゃいい!


気取らない
飾らない
大衆食堂的な店を選ぶなんて
最高だ!


「櫻井さん、入ろっか?」

「あっ!」

「へ?」


店の扉を開けると同時に

再度相葉くんに掴まれた俺の右手首。



トクンッ…
トクンッ…


だーかーら、俺っ!

過剰反応しすぎなんだよ!


「ごめん…なんでもない…/////」

「???入っていい、かな?」

「うん/////」


はぁ…。

こんな些細なことにドキドキして
中学生のガキみてぇ。


ドキドキした胸はそのまま置いてけぼり
にして


俺たちは
二人、席についた。