文化祭か終われば
いよいよ受験シーズンを迎える。


高校生活
最後の一大イベント文化祭。

生徒会企画のファッションショーも
潤のおかげでスムーズにコトが運び
後はリハーサル程度に落ち着いていた。

「に、しても…よくも、まぁ。
 こんなにドレスが手に入ったよなぁ…」



只今、ニノと一緒にドレスの確認中。


「潤くんの人脈は侮れませんね…」

「結構良いでしょ?色も豊富だし」


いや、いや。いくら貸衣装屋と知り合いっ
て言っても、どこに高校生のガキにこんな
に貸してくれる店があるんだよ?


「なに?翔さん?」

「…いや…なんでもねぇ…」
 

潤よっ!お前は一体何者なんだっ!?


「あ。そういや、花嫁は誰になったんだ?
 やっぱニノ?」

「いや。ニノはこの黄色いカラードレス」

「じゃ、智くん?」

「大野さんは青のドレスです」

「えっ!?じゃ…まさか…潤…?」

「…なんだよ…翔さん。俺じゃ悪いかよ…」

「いや…なんつーか…その…イメージが…」

「はぁ?俺だって化粧すればそこらの女子
 より美人だわっ!」

「まぁ、まぁ、まぁ。
 潤くんでも良かったんだけどね、そうな
 ると、タキシード着る人いなくなっちゃ
 うからね」

「そう、そう。翔さんは当日までのお楽し
 みにしてて」

「何、勿体ぶってんだよ。どっかの美人モ
 デルが来るんじゃあるまいし。
 どうせウチの学校の男だろ?」

「ま、そうだけど、さ。美人モデルより美
 人さんかもよ?ね!潤くん?」

「かもな?やー楽しみだぜ!」

「んなヤツ、役員の中のどこにいんだよ   っ!」

「化粧を甘くみちゃダメだよ?翔さん」


とはいえ…

見渡せば、
なかなかイケメン揃いの生徒会執行部。

確かに化粧すれば
そこそこの美人になりそうだ…。

なぜか
生徒会お楽しみ企画は
生徒会長へのお楽しみ企画と化されていた。



「よし!翔さん!今日はここまででいい
 よね?」

「あぁ。あと少しだな」

「しっかり楽しもうぜ!
 これが終わったら地獄の受験生活だからな」

「だな!」


みんな〜!はい、出て〜!鍵閉めるよ〜!
潤の声にゾロゾロ部屋を出る。


雅紀も終わった頃かな?

チラリと壁時計を確認して生徒会室の扉を
閉める。


ガチャッ

「そういえば、翔さん。相葉くんには
 ちゃんと話したの?大学の話」

「あ…いや…」

「どうすんの?いい加減伝えた方がいいん
 じゃない?大学…どう足掻いても家を出な
 きゃ通えない距離なんでしょ?」

「あぁ…そうなんだけど…。なかなか言え
 なくてさ…家を出るって…」



ズサッ

廊下に重みのある鈍い音が響き渡った。



「翔ちゃん?」


え?


「何?今の話…。家を出るって…なに?」

「雅紀…」


「翔ちゃん…出ていくの?」


「ま、雅紀…」


「大学って…家から通うんじゃないの?」


「………えっと…」


「なんで…?そんな話一言も言ってなか
 ったじゃん…」


「……ごめん…」


「なんで…なんでっ!?」


「…ごめん、雅紀…。文化祭が終わってか
 ら話すつもりだったんだ…」


「…俺は?…俺…どうしたら…」


「え?雅紀?」


雅紀の瞳は今にも雫が溢れそうで…。


雅紀が消える!


そんな気がした俺は…
咄嗟に雅紀の腕を掴んだ



「それじゃ…ずっと…
  ずっと一緒にいられないじゃん…」

「雅紀…」


「翔ちゃん…もぅ…一緒にいられないの?」


「雅紀…」



潤んだ瞳から溢れ出した雫が
雅紀を掴んだ俺の手を濡らしていく。



嘘つきっ!



バシッ

「雅紀っ!」


俺の手を振り払い
雅紀はすごいスピードで駆け出した。

「ごめんっ!翔さん
 こんなトコで話すことじゃなかった…」

「いや…言ってなかった俺が悪いから…
 ごめん。潤、俺、先、帰るわ」

「あぁ。ごめん。早く追いかけて!」

「わりぃな。お先っ!」



雅紀の肩から落ちた鞄を手にして
急いで家に向かった。


走った。


走って、走って。



頼む。

家に帰ってますように…。



願って。



雅紀。

ごめん
雅紀…。


こういう形で伝えることになるなんて…。




ピンポーン
ガチャッ

インターホンと同時に扉を開ける。


「雅紀っ!?」


あ。


良かった…
ちゃんと帰ってる…。


玄関には
いつもキチンと並べてある雅紀の靴が
乱雑に脱ぎ捨てられていた。

雅紀の母ちゃんも帰ってるか…。


「おばさん!雅紀は?2階?」

「あら?翔ちゃん。おかえり。
 帰ったらいきなり部屋へ閉じこもっちゃ
 って。何?喧嘩?珍しいわね」

「うん。ごめん。ちょっと上がるね」


安堵と緊張で
いつもより長く感じる階段を登って行く。



コンコン

「雅紀!ここ開けて」


鍵の掛かったドアの向こう
鼻をすする音のみが聞こえてきた。



考えたら
こんなこと初めてかも。

そういえば俺達
喧嘩することって無かったよな。



「……」


「ごめん。雅紀。黙っててごめん。」



「いいんだ…」

「雅紀?」


「分かったから。翔ちゃんにとって俺って
 そんなもんなんだ…」

「違うっ!違うって!雅紀が
 大切だから言えなかったんだ!」

「嘘だよ!大切って何?大切なら話し
 てよ!何勝手に決めてんだよ!」

「雅紀…」


 「一緒にいられなくなるんだよ?
 翔ちゃんそれでいいの?そんな大事なこ
 となんで簡単に決めちゃうの?約束も消
 えちゃうんだよ?」



「え?約束…?」




「……なんだ…。
 翔ちゃんは…忘れちゃってるんだ…」


「え?」


俺…なにか忘れてる?

何を?


「俺だけ、バカみたいじゃん…。
 もぅ、いいよっ!帰ってよ!」



「雅紀…ごめん…俺…」


………。



お互いの無言の時間がやけに長く感じ
俺は…頭の中で雅紀への言葉を必死に
探していた。



「ごめん。翔ちゃん」



え?


沈黙を破ったのは…雅紀だった。


「本当はね、分かってたんだ。
いつかは…こんな日が来ること。
分かってるけど…理解はしてるけど
気持ちがついていけないだけだから。
俺が…
大人になれないだけだから…」


擦れた声が、雅紀の痛みを運んでくる。



「雅紀…。頼む。ドア開けて?」



「ごめん。
 翔ちゃん…今は……一人にさせて…」


「雅紀…」

「俺…これ以上…翔…ちゃんに
 嫌な自分を…見せたくないから…」



扉の向こうで
言葉を震わす雅紀に
それ以上
何も言うことができなくて。


「鞄…ここに置いとく…。また…明日な…」


雅紀からの返事は…聞こえないままに…

俺は…
階段を下って行った。





『本当の優しさって…難しいよね…』



智くんが言おうとしてたこと
今になって分かる。

たとえ傷付く言葉でも

「伝えなきゃいけないこと」を
「伝える」のと「伝えない」では、

傷付き方が違うんだ。


「伝えない」は…




…「裏切り」だ…。





翌朝。

『今日は風間と学校へ行くから』

雅紀からのLine。

こういうとこ…。

わざわざLineしてくる律儀さが
やっぱり、雅紀なんだよな…。


本当に、おまえって…。





一人で向かう学校。

こんなに遠かったっけ?

こんなに…歩くことが辛いなんて
感じたことはなかった。



まだ20年満たない俺の人生だけど

隣に雅紀がいない。


今までそんなこと
一度も
無かった。



いつも雅紀は笑ってた。

俺の隣で

楽しそうに
嬉しそうに


だから


俺も笑って
雅紀といると『楽しい』しかなくて。


改めて気付く。


雅紀は

どんだけ俺の毎日を
輝かせてくれていたんだろう…


俺は…
そんな雅紀を

どんだけ傷付けたんだろう…





前へと運ぶ両足は

鉛のように

重かった。