「あ。櫻井さん。ココから入って」

入口から少し歩いた突き当りにある喫茶スペース。
ここが今日、俺の仕事現場。

コーヒーのいい香りが漂ってくる。


なんでも有名なコーヒーバリスタが
田舎の道の駅のテナントで店を始めた、と、
話題になっているのが、ここ。

コーヒーショップ『Lotus』


「おおちゃーん。おはよ〜!お客様だよ」

「あ。相葉ちゃんおはよ〜。
  今日もかわいいなぁ。あとで美味しい 
  ケーキあげるかんね。休憩になったら
  おいで」

「わ〜い!楽しみ!今日もがんばろっ♪」


なんなんだ…。


この…

マイナスイオンを撒き散らした会話は…

なんだ…?
天使の会話か?


「櫻井さん!こちらがバリスタの大野さ
  ん」

「大ちゃん、こちらがニュースキャスター
  の櫻井さん。知ってる?」

「うん。有名だかんね。」

「なんだ…。大ちゃんも知ってるんだ」

「え?相葉ちゃん知らなかったの?」

「ゔ~…。し、知ってる 、よ!
  …今は…」

「ふふ…相葉ちゃんらしいな」

「あ。大ちゃん、じゃ、俺、仕事に就くか
  ら櫻井さんに美味しいコーヒーご馳走し
  てあげてね。櫻井さん、またっ!」

「あ、相葉くん。ありがとう!」


相葉くんは、道の駅職員って言ってたけど…
販売員かな…?

チラリと
相葉くんの後を目線で追いかけながら
潤から貰った取材資料を鞄から出した。




「朝早くから、すみません」

カウンター越しの大野さんに声をかける。

「あー。こっちが早目にお願いしたんだか
  ら気にしないで」

相葉くんとはまた違う、可愛らしい笑顔で
店主はふにゃりと笑った。

 

世界でも有数なバリスタ 大野智。

コーヒー業界では知らない者はいない。

この笑顔から想像できないが、彼はかなり
の腕の持ち主。
『何故、わざわざ都心ではないこの場所に
店を開いたのか?』
これが主な本日の取材内容。


カチャッ


「ま、飲んでみて」

「ありがとうございます」


いい香り …。

 

ひと口…

 
香りと一緒に飲みこむ。



「あ…うまっ!」


彼はニッコリ笑って 

 


「…ありがとう…」



美味しいコーヒーに
癒やしを添えた。


「で、なんでウチを取材対象にしたの?
 田舎のコーヒーショップなんていくらで
 もあるでしょ?」


え。逆質問かよ…。


そう。いくらでもある。
何故、大野さんの店を選んだか…それは…


「都心に店を出す予定だったと聞いていま
  す。しかも、好条件で。なのに、大野さ
  んはその条件を蹴ってまでここを選んだ
  らしいですね?
  都心には沢山のあなたのファンが
  あなたの店の開店を心待ちにしていたの
  は、ご存知だったはずです。
  ファンとしては…気になりますよね?
   …ここを選んだ理由」


あくまでも、取材構成に添って質問した
が、自分も少し興味があった。

 

「ふ〜ん。そんなん気になるもん?」

「そんなもんですよ。ファンも。メディア
 もね」


「へ~。そうなの?…でも…
  期待に添える  答えは出ないよ?」

 

「え?」

「俺は…逃げただけだから」

え?

「都会から逃げてきただけ…。
  …それだけなんだよ」
ふふふ。


大野さんは柔らかく笑った。


「それはどういう…?」

「そう報道しといてよ。
   都会から逃げ出した店主が開いた店!
   ってねwww」


結局
どこまでが本当か分からない店主に振り回さ
れ、その後ありふれた質問をいくつかして、
その日の取材は終わった。


「お忙しいところありがとうございまし
  た」

「こちらこそ」



終わって、改めて店の雰囲気を見遣る。

コーヒーショップと言っても道の駅なので
壁はない。
低めのパーテーションで囲まれていて、
ぐるりと見渡せる。

カウンターからでも見える道の駅産直コーナー
では、農家の人が持ち込んだ野菜を、
相葉くんがせっせとゴンドラに並べていた。

農家の人と楽しそうに話す姿が…


やっぱり眩しい。



「惚れた?」


え?

思わず大野さんに目をやる。


「相葉ちゃんに惚れた?」


はっ?


「相葉ちゃん、良い子だよ。それに
  かわいくて、美人さんでしょ?」

「な、なに、言ってるんですか?」

「ん〜?そんな気がしたから…」

「いや、いや、さっき会ったばっかりだ
  し! しかも同性ですよwww」

「え〜?関係ないでしょ?
   好きになるのに時間も性別も…」

「いや、そうですけど…ん?」


  ……いや、いや。性別はあるだろ…


「なんか、さ。相葉ちゃん見てる顔がさ。
  恋した顔だったんだよね。翔くん」


し、翔くん、て…。


「おいら、なんとなく分かっちゃうんだ。
  翔くん、相葉ちゃんに何か感じたんでしょ?」


な、なんなんだよ。この人…。


…あぁ。
か、感じたよ!

なんなら今でも
バリバリ感じてるよ!!
でも初対面の人に話す内容じゃないだろ!?


俺は慌てて
残っていたコーヒーを
飲み干した。




ふふふ。

「翔くん。俺、翔くん気に入ったわ。
  また、コーヒー飲みにおいでよ。」


ヤバい。
ペースがのまれる。
なんか、調子狂うぞ…。


「相葉ちゃーん!終わったよ〜!」

「え?もぉ?早くない?」


近寄る相葉くんに胸が走る。


大野さんがあんなこと言うから
気にするっつーのっ!


でも確かに…


マジで…

かわいいんだよな…。


「ねー櫻井さん?
  お昼まで待てます?待てるならお昼休み
  に駅まで送りますよ?」

あ…そうか。
もう…帰るんだよな、俺。


「いや…少し観光がてらブラブラして…」


あれ…。俺、何言ってんだ?
取材が終わったらすぐ戻れ、が鉄則だろ?


「え?じゃ、昼からもいる?ならさっ!
  夕飯一緒にどう?で、俺、車で送るよ!
  トラックだけどwww」
 

夕飯?マジで?


「そうして…もらおうかな…」


あ。

 
ニヤリと笑う大野さんと目が合う。

ヤバ…。完全に…。

読まれてる…。俺の心。
 

多分、大野さんにはバレてる俺の咄嗟の嘘。
自分でも口から出た言葉に驚いた。

でも
俺は

素直に思ったことを
口にしただけ。
 


ただ
まだ、帰りたくなかった。


もう少し

 

彼と一緒にいたい。

そう

思ったんだ。